連載 「私の日本憲法論」

靖国神社に反対する基督教信者に教える

国家との連帯感のないキリスト教徒の間違った信仰

靖国神社を国家で祭祀する「靖国神社法案」が自民党の政調会長

根本竜太郎氏の私案で私の宅への送られて来たが、それを見ると、神の宮、である神社と、その奉斎団体とを混同したものであって、到底、国会で審議すべからざるものであることを前回の「月曜随想」で書いて置いたのであるが、この法案提出に反対するキリスト教徒が、先ごろ東京数寄屋橋公園でハンストを行った日本基督教団上大岡教会牧師角田三郎氏をはじめ、各派キリスト教徒の遺族が集まって「キリスト者遺族の会」が組織され、次の如き声明書を発表して、かれら親戚の戦(ぼつ)キリスト教徒の霊を、靖国神社での奉斎から除籍して貰うよう呼びかけているということが三月二十六日の「中外日報」で報ぜられているのであった。

【声明】

「国家が戦歿者をまつることは、私たちの願いではありません。私たちの愛する肉親は、ただの弱い人間として戦争に駆り出されて行って、そこで苦しみのうちに死んだのであり、決して遺徳を称えられる英霊ではありません。私たちはこのようにして人間の生命を奪い去った戦争に対して、今なお憤りを禁じることができないのであります。

私たちの悲しみや憤りは、者を国家がまつることによっては償われないのであります。さらに私たちキリスト教信仰に生きるものにとっては、神ならぬものを神のごとく尊崇させようとする冒涜を私たちの信仰に対する侵害と感じないではおられません……」

この声明文の中には感情的に国家に対する憤りや怨念がにじみ出ていて、国家の生命の中に生かされいる国民としての、国家ー国民同一化の連帯観念など少しもないことが不思議な位である。

彼らは日本国家の中に生かされていながら、日本国家の危急存亡のときに、一緒に立ちあがって国を護る意志がない、全く利己的であるのは日本共産党以下である。

日本共産党でさえも、「アメリカが日本へ改めて来たらアメリカと戦う。ソ連・中共が攻めて来たらまた彼らとも戦う。共産党が政権をとったら憲法を改正して国を守るための軍隊をもつ」と公然と発言している際、キリスト教徒は、戦中に戦死した恨みを、まだグジグジもち続けて日本国家を呪っているのである。

こんな信徒の心が、人類の身代わりに十字架上にかかりながらも、尚、誰をも怨むことなく、「彼らは為す事を知らざるなり。彼らを赦し給え」と十字架上から為す事を知らざる者を赦して、その幸福を祈られたイエスの御心にかなうであろうか。

イエスはキリスト教徒と自称するこれらの人を、霊界に於いて「われ汝を知らず」と拒絶し給うかも知れないのである。

彼らは、日本国家の中に生かされていながら国を守るために戦ったことを恨みに思い。

日本国家を呪うならば日本国家と何らの連帯感もないのであるから、サッサと日本国家から出て行けばよではないか。

またこの声明書の中にはニセ基督教徒の間違った信仰がハッキリあらわれているのである。

すなわち、人間を「アダムの原罪」を背負って生きるところの「罪の子」であると観じ、人間を「神」として尊崇することを、神への冒涜だと考えていることである。

しかしイエスは決して、人間を「罪の子」だと公言したことは一度もなかったのである。

人間を「罪の子」だと考えたのはイエスではなくて、人間を、神の子、としたイエスを迫害した当時のユダヤ人たちであったのだ。

即ち現代クリスチャンはイエスを迫害した当時のユダヤ人と同じ立場に立つのである。

彼らこそ、神の子、を、罪の子、とののしって、神の子、を磔に架けるものなのである。

注:反日・左翼の民主党もこれと同じである。

日本が嫌いなら日本から出て行けば良いのである。特に元社会党系の反日・左翼の韓国人・菅・岡田・小沢・仙石・岡崎・他