憲法改正なしの最長世界記録
わが国は憲法改正なしの世界記録を更新中。
よほど出来のよい憲法ならこういう「不磨の大典」でも良いだろうが、現憲法は昭和21年2月4日からわずか10日ほどの間に、占領軍総司令部民政局の25人の米人スタッフが草案を作り上げたもの。
その中には弁護士は4人いたが、憲法の専門家は一人もいなかった。
25人の占領軍スタッフたちは、合衆国憲法、独立宣言などを切り貼りして、日本国憲法の草案を作り上げた。
こうして作られた日本国憲法が発表されたとき、米国のクリスチャン・サイエンス・モニター紙はこう評した。
これは日本の憲法ではない-日本に対するアメリカの憲法である…
この憲法の重要事項に日本の現実から生まれた思想はひとつもない。
借り物の憲法に代表される現在の状態を、京都大学・中西輝政教授は、「暫定期間としての戦後」と呼ぶ。
これまでの日本は、すべてが「暫定期間としての戦後」であった。
戦後日本は焼け跡・闇市のなかで、すべてを「棚上げ」にしたまま、経済という唯一の目標にすべてを懸け、たしかに大きな繁栄を実現した。
高度成長を達成した昭和50年代には世界でも有数の富める国になっていたのだが、そこで立ち止まって考え直すことをせずに、そのまま30年ほども「長すぎた暫定期間」を続けてしまった。
その結果、現実の日本の社会に目を移しても、そこには大きな価値観や人生観を見失い、流動化している日本人の姿がある。
若者ははっきりとした職業観や人生観をもてず、日々流されるように生活を送っている。
社会のリーダーたるべき人間も、目の前の「日常」に埋没し、新しい大きなビジョンを何一つ打ち出せない。
家族のつながりもどんどん希薄になり、次の時代を担う日本人が劣化していく兆しが高まっている。
日本中で大きな「精神的劣化」が始まっているのである。
中西教授は「長すぎた暫定期間」を続けているうちに、「自分自身に対する自画像」が曖昧になってしまったという。
たとえて言えば、ピアニストを志していた青年が、とりあえずの生活費稼ぎのために酒場でのピアノ弾きを続けているうちに、自分自身の初志を忘れて、「日々流されるように生活を送っている」という所であろう。
この結果、現在の日本人は次の3つの面でバランスを失っている、と中西教授は看破する。
第一に「モノと心のバランス」戦後の日本は経済成長で「モノ」ばかりを追求し、特に昭和50年代後半に日本経済が完全にバブル化していく中で、日本人の内面と国の営みの双方において、「心」の存在が完全に置き去りにされてしまった。
第二に「進歩と伝統のバランス」「進歩」は重要だが、伝統という価値観がそのベースになければ健全な創造性も生まれない。
ところが「古いもの」はすべて「意味のないもの」「悪いもの」とされた。
第三は「個人と共同体のバランス」である。
個人は大切にされたが、人と人との絆である「共同体」は蔑ろにされてきた。
特に国家という共同体については「戦前への逆行」というタブー意識によって思考を停止させたままである。
そのために日本人の心の中で日々の安心感やモラルの基礎をも失われていった。
これらの三つのバランスを回復させることこそ、いまの日本に求められる最も重要な課題であろう。
「心」すなわち目に見えないものを大切にし、いまや「伝統」にこそ価値を見出し、あまりにも蔑ろにしてきた「国家」の重要性にあらためて目を向けることである。
この三つのバランスの回復とは何を意味している?
「心」「伝統」「国家」という価値へのバランスの再移動ということは具体的にどういうこと?
そのように考えを進めていくならば、思い至るはず。
この三つを貫いて継ぎ合わせているもの、いうまでもなくそれは「天皇」という存在。
「明(あか)き直き心」
「天皇」が「伝統」と「国家」を象徴している点については、説明は不要やろうな…
ここでは「天皇」と「心」の関係について、もう少し具体的に見よう。
明治期に来日し半世紀にわたって日本と日本人を研究したサー・ジョージ・サンソムというイギリス人外交官は『日本文化史』という本の中で「日本人ほど、道徳を、心のありようとしての美醜で判断する民族はいない」ということを書いている。
これは現代の日本語を見ても、すぐに分かること。
「美しい心根」「まっすぐな人」「明るい性格」「腹黒い」「性根の曲がった、腐った」などと、心の有り様を美醜で形容する言葉が多い。
日本人は古来から「明(あか)き直き心」と呼んで、ことのほか「心の清潔さ」を大切にしてきた民族。
そしてこうした「日本のこころ」のあり方を目で見えるかたちでもっともはっきりと示すもの、それが「天皇」。
あるブログに次のような文章があった。
最近、暗いニュースが続いている中、感動的な場面がテレビから流されていた。
天皇・皇后両陛下の新潟県中越地震の被災地のお見舞いの報道である。新潟中越地震の発生から丸2週間、天皇・皇后両陛下が被災地を訪れて、山古志村を上空から視察されたあと小千谷市や川口町の避難所や山古志村の村民が避難している長岡大手高校で励ましの声をかけられていた。
テレビ画面には、被災者の前にひざまずき、1人1人の被災者に「健康の方は大丈夫ですか」「おうちは大丈夫でしたか」、また「大変ですね」「体に気をつけて」などと天皇・皇后両陛下の励ましの言葉とともに、それに受け応えしている被災者の声までが、テレビから聞かれた。
そして、被災者たちが一様に、頑張らねばという意欲がわいてきた、といった感想を語っていた、ことも強く印象に残った。
被災者を励まされる両陛下、それを受けて頑張らねばと思う被災者たち、そしてその光景に感動する筆者、さらにその文章に何事かを感じる我々の心。
これらすべてが古来からの日本人が大切にしてきた「日本の心」
今上陛下は我が国のどのような点に危機感を持たれているか?
そのヒントになるのが、明治天皇が明治41(1908)年、戊申の年に発布された「戊申詔書」
当時の日本は日露戦争が終わったばかりで、初めて手に入れた「一等国」の地位に国民は慢心し、弛緩した気分の中で、華美に流され、富を求めて社会の事など顧みない風潮が広がっていた。
大正期のバブルはすでにこの頃から芽生えていた。
それに対する戒めの言葉として発せられたのが、この詔書である。
宜く上下心を一にし忠実業に服し勤倹産を治め、惟れ信惟れ義、醇厚俗を成し、華を去り実に就き、荒怠相誡め、自彊息(や)まざるべし…寔(まこと)に克く恪守し、淬砺(さいれい)の誠を輸(いた)さば国運発展の本近く斯(ここ)に在り(上の者も下の者も心を一つにして、真面目にその業務に従事し、勤勉倹約して家計を運営し、ひたすら信義を守って人情に厚い風俗をつくり、華美を去って質実を重んじ、荒んだ生活や怠けた暮らしに陥ることのないよう戒めあって、自らつとめ励むべきである…これらをよく守って、真心を尽くして勉め励んだならば、国運の発展する本は、すぐ手近な所にある。
「国運の発展する本は、すぐ手近な所にある」という言葉に、救われる思いがする。
不況や災害、近隣諸国との摩擦など、危機は外から次々と降りかかってきても、我々国民がここで述べられたような「日本の心」を取り戻して、互いに心を一つにして取り組めば、克服できないものはないであろう。
今上陛下の真剣な祭事への御取り組みも、我々国民にこの事を思い出させようとされているのではないだろうか。

わが国は憲法改正なしの世界記録を更新中。
よほど出来のよい憲法ならこういう「不磨の大典」でも良いだろうが、現憲法は昭和21年2月4日からわずか10日ほどの間に、占領軍総司令部民政局の25人の米人スタッフが草案を作り上げたもの。
その中には弁護士は4人いたが、憲法の専門家は一人もいなかった。
25人の占領軍スタッフたちは、合衆国憲法、独立宣言などを切り貼りして、日本国憲法の草案を作り上げた。
こうして作られた日本国憲法が発表されたとき、米国のクリスチャン・サイエンス・モニター紙はこう評した。
これは日本の憲法ではない-日本に対するアメリカの憲法である…
この憲法の重要事項に日本の現実から生まれた思想はひとつもない。
借り物の憲法に代表される現在の状態を、京都大学・中西輝政教授は、「暫定期間としての戦後」と呼ぶ。
これまでの日本は、すべてが「暫定期間としての戦後」であった。
戦後日本は焼け跡・闇市のなかで、すべてを「棚上げ」にしたまま、経済という唯一の目標にすべてを懸け、たしかに大きな繁栄を実現した。
高度成長を達成した昭和50年代には世界でも有数の富める国になっていたのだが、そこで立ち止まって考え直すことをせずに、そのまま30年ほども「長すぎた暫定期間」を続けてしまった。
その結果、現実の日本の社会に目を移しても、そこには大きな価値観や人生観を見失い、流動化している日本人の姿がある。
若者ははっきりとした職業観や人生観をもてず、日々流されるように生活を送っている。
社会のリーダーたるべき人間も、目の前の「日常」に埋没し、新しい大きなビジョンを何一つ打ち出せない。
家族のつながりもどんどん希薄になり、次の時代を担う日本人が劣化していく兆しが高まっている。
日本中で大きな「精神的劣化」が始まっているのである。
中西教授は「長すぎた暫定期間」を続けているうちに、「自分自身に対する自画像」が曖昧になってしまったという。
たとえて言えば、ピアニストを志していた青年が、とりあえずの生活費稼ぎのために酒場でのピアノ弾きを続けているうちに、自分自身の初志を忘れて、「日々流されるように生活を送っている」という所であろう。
この結果、現在の日本人は次の3つの面でバランスを失っている、と中西教授は看破する。
第一に「モノと心のバランス」戦後の日本は経済成長で「モノ」ばかりを追求し、特に昭和50年代後半に日本経済が完全にバブル化していく中で、日本人の内面と国の営みの双方において、「心」の存在が完全に置き去りにされてしまった。
第二に「進歩と伝統のバランス」「進歩」は重要だが、伝統という価値観がそのベースになければ健全な創造性も生まれない。
ところが「古いもの」はすべて「意味のないもの」「悪いもの」とされた。
第三は「個人と共同体のバランス」である。
個人は大切にされたが、人と人との絆である「共同体」は蔑ろにされてきた。
特に国家という共同体については「戦前への逆行」というタブー意識によって思考を停止させたままである。
そのために日本人の心の中で日々の安心感やモラルの基礎をも失われていった。
これらの三つのバランスを回復させることこそ、いまの日本に求められる最も重要な課題であろう。
「心」すなわち目に見えないものを大切にし、いまや「伝統」にこそ価値を見出し、あまりにも蔑ろにしてきた「国家」の重要性にあらためて目を向けることである。
この三つのバランスの回復とは何を意味している?
「心」「伝統」「国家」という価値へのバランスの再移動ということは具体的にどういうこと?
そのように考えを進めていくならば、思い至るはず。
この三つを貫いて継ぎ合わせているもの、いうまでもなくそれは「天皇」という存在。
「明(あか)き直き心」
「天皇」が「伝統」と「国家」を象徴している点については、説明は不要やろうな…
ここでは「天皇」と「心」の関係について、もう少し具体的に見よう。
明治期に来日し半世紀にわたって日本と日本人を研究したサー・ジョージ・サンソムというイギリス人外交官は『日本文化史』という本の中で「日本人ほど、道徳を、心のありようとしての美醜で判断する民族はいない」ということを書いている。
これは現代の日本語を見ても、すぐに分かること。
「美しい心根」「まっすぐな人」「明るい性格」「腹黒い」「性根の曲がった、腐った」などと、心の有り様を美醜で形容する言葉が多い。
日本人は古来から「明(あか)き直き心」と呼んで、ことのほか「心の清潔さ」を大切にしてきた民族。
そしてこうした「日本のこころ」のあり方を目で見えるかたちでもっともはっきりと示すもの、それが「天皇」。
あるブログに次のような文章があった。
最近、暗いニュースが続いている中、感動的な場面がテレビから流されていた。
天皇・皇后両陛下の新潟県中越地震の被災地のお見舞いの報道である。新潟中越地震の発生から丸2週間、天皇・皇后両陛下が被災地を訪れて、山古志村を上空から視察されたあと小千谷市や川口町の避難所や山古志村の村民が避難している長岡大手高校で励ましの声をかけられていた。
テレビ画面には、被災者の前にひざまずき、1人1人の被災者に「健康の方は大丈夫ですか」「おうちは大丈夫でしたか」、また「大変ですね」「体に気をつけて」などと天皇・皇后両陛下の励ましの言葉とともに、それに受け応えしている被災者の声までが、テレビから聞かれた。
そして、被災者たちが一様に、頑張らねばという意欲がわいてきた、といった感想を語っていた、ことも強く印象に残った。
被災者を励まされる両陛下、それを受けて頑張らねばと思う被災者たち、そしてその光景に感動する筆者、さらにその文章に何事かを感じる我々の心。
これらすべてが古来からの日本人が大切にしてきた「日本の心」
今上陛下は我が国のどのような点に危機感を持たれているか?
そのヒントになるのが、明治天皇が明治41(1908)年、戊申の年に発布された「戊申詔書」
当時の日本は日露戦争が終わったばかりで、初めて手に入れた「一等国」の地位に国民は慢心し、弛緩した気分の中で、華美に流され、富を求めて社会の事など顧みない風潮が広がっていた。
大正期のバブルはすでにこの頃から芽生えていた。
それに対する戒めの言葉として発せられたのが、この詔書である。
宜く上下心を一にし忠実業に服し勤倹産を治め、惟れ信惟れ義、醇厚俗を成し、華を去り実に就き、荒怠相誡め、自彊息(や)まざるべし…寔(まこと)に克く恪守し、淬砺(さいれい)の誠を輸(いた)さば国運発展の本近く斯(ここ)に在り(上の者も下の者も心を一つにして、真面目にその業務に従事し、勤勉倹約して家計を運営し、ひたすら信義を守って人情に厚い風俗をつくり、華美を去って質実を重んじ、荒んだ生活や怠けた暮らしに陥ることのないよう戒めあって、自らつとめ励むべきである…これらをよく守って、真心を尽くして勉め励んだならば、国運の発展する本は、すぐ手近な所にある。
「国運の発展する本は、すぐ手近な所にある」という言葉に、救われる思いがする。
不況や災害、近隣諸国との摩擦など、危機は外から次々と降りかかってきても、我々国民がここで述べられたような「日本の心」を取り戻して、互いに心を一つにして取り組めば、克服できないものはないであろう。
今上陛下の真剣な祭事への御取り組みも、我々国民にこの事を思い出させようとされているのではないだろうか。
