情勢次第に悪化しパラオ島防護の為 昭和十九年七月七日名誉の召集令状を受く
男子の本懐之に過ぐるものなし、又家門の誉なり
勇躍入隊 大君の醜の御楯として米英軍を撃滅せん
戦死の報ありても決して取乱さざること
魂は靖國の神として永久に皇國を守る
会ひ度くば靖國神社へ来れ
お前の身のことについては父とよく相談せよ
軍人の妻としての体面を保て
父母に孝養を頼む
身体に気をつけて朗らかにくらせ
ながらくのお世話ありがたう 深謝す
昭和ニ十九年七月八日
大詔奉戴日
貞夫
貞子 殿
陸軍軍曹(南洋庁訓導)
仲西 貞夫
昭和ニ十年七月十九日
パラオ島にて戦病死
三重県出身
三十ニ歳
男子の本懐之に過ぐるものなし、又家門の誉なり
勇躍入隊 大君の醜の御楯として米英軍を撃滅せん
戦死の報ありても決して取乱さざること
魂は靖國の神として永久に皇國を守る
会ひ度くば靖國神社へ来れ
お前の身のことについては父とよく相談せよ
軍人の妻としての体面を保て
父母に孝養を頼む
身体に気をつけて朗らかにくらせ
ながらくのお世話ありがたう 深謝す
昭和ニ十九年七月八日
大詔奉戴日
貞夫
貞子 殿
陸軍軍曹(南洋庁訓導)
仲西 貞夫
昭和ニ十年七月十九日
パラオ島にて戦病死
三重県出身
三十ニ歳