戦後の日本は、戦前は軍国主義ですべて悪かったとして、民主主義で明るい社会になったかのように、GHQの宣伝を真に受けてアメリカに押し付けられた憲法をありがたがり、国家を愛することが間違っているかのように、愛国心という言葉も嫌われ個人の権利を振り回し、公よりも個が大事という主張がずっと正しいことのように、マスコミも多くの個人も言ってきた。

しかし、現実には、家族の崩壊は進み、老人は寂しい老後を送るようになり、若者も、結婚しない人も増え、どんどん一人世帯が増えているというニュースをやっている。

本当に、日本は明るくなって、幸せな人が増えたのか?

戦争で亡くなった多くの英霊を戦後の日本人は馬鹿にして犬死と言って憐れんでいたが、何の生き甲斐も崇高な理想もなく、肉体的物質的な快楽のみを追い求めている現代人と、今回の大震災で、自衛隊員が見せたような無私の公への奉仕精神、戦前には多くの日本人が持っていた国のためにいざとなったら生命すら捧げようとする生き方、本当の生き甲斐とは、一体どっちにあるのか?

別冊正論には、GHQによって宣伝された日本の侵略がうそであり、本当はコミンテルンによる謀略によってどんどん戦争に追い込まれ、日本はなんとか回避しようとしながらもできなくなって行った真実が歴史の検証によって書かれていた。

戦後の日本人は勝者が作った歴史を信じこまされ、洗脳され、日本人としての自信を失い、日本人としての根っこの思想を捨て去った。

日本人は古来より、天皇陛下を中心として連綿と続く歴史を誇ってきた。

更に各人は先祖を敬い個人の家も連綿と護ってきた。

万物にすべて中心があり、それが宇宙の法則だと信じた日本人の思想、理念が古事記神話であり、それが日本文化をすべて形作ってきた。

ものにはすべて中心がある。

その中心を重んじる思想が日本思想。

そしてその中心が国家の形として現れたのが、天皇を中心とする皇室制度、その変わらない中心をずっと守ってきた日本の歴史。

それによって、日本では多くの古代からの記録が保存され、史跡や歴史建造物なども保存され、文化も保存され、連綿と受け継がれるという、世界にも珍しい歴史を織りなしてきた。

東日本大震災で、天皇陛下が被災地に巡幸された映像を見ても、天皇陛下が国民を家族のように心配されて慈愛深いお言葉をかけられるご様子と、それに対し多くの方が涙を流している光景が見られた。

これが古来からの天皇と国民の間柄。

歴代天皇は常に国民の幸福と国家の安寧を神に真剣に祈られる。

そして今上陛下も、歴史上でももっとも祭祀を重んじられ、悲壮なくらいに真剣になさっておられる。

それは、日本の中で、最も日本の国に責任を感じられ、最も国民のことを考えられるお方が、本当は誰なのかということを示している。

大日本帝国憲法では、天皇が統治権を総覧すると書いてある。

これは、天皇自身が統治するという意味ではなく、天皇の名のもとに、国会や内閣が真剣に天皇の名に恥じないような仕事をするということであり、衆愚政治に陥らず、天皇という神聖性を政治に導入して真の公正な民主主義を確立するための非常なすぐれた制度。

ところが明治の時代がすぎ昭和の時代に入ると、いろいろな思想の入り乱れや、コミンテルンの工作もあり、事実上天皇が機関となってしまい、おろそかにされるようになった。

美濃部博士は、その現状をそのまま説として発表したにすぎない。

現実がそうなっていたから…

そうして、昭和天皇の意に沿わない戦争をするようになってしまった。

ただこれは、世界的なコミンテルンの謀略と、白人至上主義の世界がもたらした運命の必然として、どのようにしてもさけられないものであった気がする。とは言え、敗戦は仕方がないとしても、日本人はGHQの宣伝に洗脳され、あまりにも、自分自身の先人を貶め、歴史を貶め、生き方の根っことなる日本人らしさを失い、国籍不明の民になってしまい、日本人としての誇りすら失いかけて、アメリカの属国、中国の属国、ノーと言えない日本、と成り果ててしまっていたのではないか。

もう一度、戦勝国に押し付けられたのではない、真実の歴史を見出し、自分の根っこを見つけ出し、日本人としての生き甲斐を取り戻そうではないか。

古来から連綿と続いてきた皇統を見直し、日本人にとって天皇とはどういう存在なのかを深く考え、もっと大切に敬おう。

日本人とはなんなのかを静かに考えよう。

そして今上陛下が発表された国民へのメッセージを始め、昭和天皇の詔勅をもう一度読み返してみよう。

更に明治天皇の教育勅語も、世界では多くの国で、その内容が採用されているという話だが、なぜ日本では悪いもののように言われるのか、本当に日教組の言うことが正しいのか確かめるために、読んでみよう。

教育勅語

日本人にとってなにが「大切なこと」なのかを示された手本

明治天皇は明治元年、国是五箇條を神々にお誓いになり、新生日本の大方針を明らかにされた。

政府はこの方針にそって、近代国家の建設には人材の育成が急務であるとして、明治5年学制を公布し全国的に学校を設置して義務教育の制度を確立し、教育の普及に努めた。

しかし当時は文明開化の風潮により洋学が重んじられ、我が国伝統の倫理道徳に関する教育が軽視される傾向にあった。

このような実情を深く憂慮された明治天皇は、徳育の振興が最も大切であるとされ、わが国の教育方針を明らかにするため明治23年10月30日、教育勅語を渙発された。

勅語には、日本人が祖先から受け継いできた豊かな感性と美徳が表され、人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられていたが、戦後に教育勅語が排除された結果、我が国の倫理道徳観は著しく低下し、極端な個人主義が横溢し、教育現場はもとより、地域社会、家庭においても深刻な問題が多発している。

今こそ、私たちは教育勅語の精神を再認識し、道義の国日本再生のために、精進努力しなければならない。

【教育勅語の口語文訳】

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。

そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。

そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~