前原氏、靖国側は『A級戦犯』分祀を
(産経新聞 12月12日)
民主党の前原誠司政調会長は12日、都内で講演し、靖国神社に合祀(ごうし)されているいわゆるA級戦犯について
「政治が分祀を求めることはないが自主的判断で措置が取られることを望んでいる。そうなれば天皇陛下、首相が参拝していただける環境が整う」と述べた。
前原氏は「歴史問題は被害を受けた立場に立って物事を考えることが大変重要だ」とも述べ、A級戦犯の分祀を求めている中韓両国への配慮も必要だと強調した。
野田佳彦首相はA級戦犯について「戦争犯罪人ではない」との立場を取り、9月の衆院本会議では中韓両国の分祀要求に「不当な内政干渉には断固とした態度を取るべきだ」と強調している。
前原は過去にテレビで同じようにこのような発言をしている。
<コピー>
「私はA級戦犯の分祀をすべきだという考え方なんです」
「確かに亡くなられた方は皆さん方、仏様になるんだという考え方は、わからないでもありませんし、またA級戦犯を決めた東京裁判の正統性について疑義を挟む余地もあるとは思いますけれども、しかし、侵略戦争を行ったということは事実であって、そのやはり責任を取る立場にいた方がA級戦犯とされている訳ですね」
「しかもA級戦犯が合祀されるまでは8月15日に総理のみならず、天皇陛下も靖国に御参りされていて、それについて中国も韓国も何も言わなかったということを考えた時にですね、私はやはりA級戦犯というものを分祀して、堂々と総理のみならず、天皇陛下も8月15日に御参りをいただいて、亡くなられた方の霊を慰めて、そして永久平和の誓いをおこなうと、合わせて国立墓地なんかも作ってですね、外国の元首が来られた時には、そこの御参りをして頂くことも私は必要かと思います」
<以上>
東京裁判や靖国神社については日本の国民は学校できちんと教わらないから、こういう話になると何も言えなくなる。
それをいいことに政治家がデタラメを言ってはいけない。
さらに前原は
<コピー>
「A級戦犯が合祀されるまでは8月15日に総理のみならず、天皇陛下も靖国に御参りされていて」と述べている。
<以上>
まず前原の間違いは、陛下の場合は「御参り」とは言わず「御親拝」と言いう。
ここから前原は失格。
我々国民が参拝するのと同じに考えていること自体何も分かっていない。
日本の政治家ならばこういうことを語る前にもっと勉強すべき。
また、前原の言い方では陛下はA級戦犯(日本にはA級戦犯という者はいません)が合祀されているから陛下が靖国への御親拝をなされないような言い方をしているが、事実は違う。
陛下が最後に御親拝されたのが昭和50年11月21日であり、A級戦犯が合祀されたのはその後の昭和53年。
つまり、A級戦犯合祀の前に陛下は靖国神社へ御親拝されなくなった。
これは昭和50年に首相であった三木武夫が靖国神社を参拝した時、政教分離の原則に反するのではないかとの指摘に三木は「私的参拝である」と言ったことがきっかけ。
A級戦犯合祀などが理由ではない。
また前原は「侵略戦争を行ったということは事実であって・・」とも言っている。
日本は侵略戦争をしたのか?
大体「侵略戦争」という言葉の国際的定義の承認は昭和49年の国連決議「侵略の定義に関する決議」第一条までなかったのであり、当然東京裁判当時には「侵略戦争」の国際的定義などない。
だから、日本を侵略戦争と断罪すること自体、無謀。
国際法には戦争そのものを犯罪とする規定はなかったから東京裁判で規定された、a)平和に対する罪、b)戦争犯罪、c)人道に対する罪、は国際法にも慣習法にもない罪名であり、この裁判でこれら条例を不当にも国際法より優位にさせて裁判を執行した。
もし、彼らが平和に対する罪を言うならば東京裁判の最中に自分の植民地で戦争をしていたイギリス、オランダ、フランスこそ、その罪であり、支那の国民党や共産党に武器を与えて戦わせていたアメリカこそ平和に対する罪。
特にアメリカの原爆投下は戦争犯罪であり人道に対する罪。
日本は適正な条約により台湾や朝鮮を統治していた。
欧米の白人たちのような搾取もなければ愚民化政策もしていない、それどころかこれらの国の発展に尽くしていた。
また、日本が支援した満州国も大いに発展し支那人がたくさん入り込むくらいにとても素晴らしい国となり日本人はその発展に大いに寄与し、日本はさらに防衛にも寄与し、ソ連からの侵略を阻止して防共の治安に当たっていた。
これは侵略というより日本の地政学的位置と近隣国との防共、さらに資源確保を考えれば当時の日本を取り巻く環境からすれば当然必要なことであり、当時の日本の置かれた状況を知れば理解できる。
これに比べて欧米白人の植民地政策の方がよほど侵略。
ただ、戦争前からアメリカにいたコミンテルンの手先、ソ連秘密警察、アメリカ共産党の連中により、日本を支那との戦争に引きずり込んでおきながら「日本の侵略によって支那は可哀想だ」というでたらめな構図をつくり上げ、支那支援・日本非難という宣伝をし、対日制裁をして日本を意図的に追い詰めた。
そして日本は戦争に敗れたため、その言いなりになってしまった。
前原の言う、侵略戦争もA級戦犯合祀についてもデタラメ。
今や在日や北朝鮮との関係を指摘されている前原のこういう過去と現在の発言こそ、チャイナや韓国におもねるための発言であり彼らの代弁とも受け取ることが出来る。
首相の参拝は首相自ら決断すれば幾らでもできる。
陛下の御親拝は政治、つまり首相が決断すれば可能。
チャイナや韓国がいくら騒ごうが全く無視して、堂々と日本のために散華された英霊たちの許で、陛下が御親拝されるのは日本国として自然。
そこには、A級戦犯という戦後につくられた嘘など入り込む余地などない。
靖国神社は明治二年(皇紀2529年)、明治天皇陛下によって現在の東京都千代田区九段に創建された。
当初は「東京招魂社」と呼ばれまたが、明治12年(皇紀2539年)に靖国神社と改称された。
その淵源は、文久三年(皇紀2523年)高杉晋作の発議により奇兵隊専属の招魂場として元治元年(皇紀2524年)下関に桜山招魂場が完成し現在は桜山神社となっている。
全国で最初に招魂社として建てられた招魂社。
「靖国」という名称には「国の平和を願う」という思いが込められている。
その淵源は古く「日本書紀」のの神武天皇の条に「安国」の文字が見える。
「昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、此の国を目(なづ)けて曰(いわ)く、日本は浦安国(うらやすくに)、細(くはし)戈千足国(ほこちたるくに)、磯輪上秀真国(しわかみのほつまくに)」とある。
「浦安国」の「うら」は心を意味し「安国」は安らかに治まる国、泰平の国の意味であり『延喜式祝詞』の「祈念祭」には、「四方(よも)の国を安国と平らけく」とある。国の内外の平和を祈る言葉として「安国」が使われている。
「浦安国」とは古の日本を意味する。
神祇の安寧慰撫と国の平穏無事 を祈り現在でも「浦安の舞」は各地の神社の例大祭などで舞われている。
靖国神社の名称を「安国」ではなく「靖国」と表したのは重要な漢語は、中国の古典に典拠を求める慣習により『春秋左氏伝』に「吾は以て国を靖んずるなり」「以て国を靖んぜんと曰へり」とあり、これが出典とされている。
このように「靖国」という名称には、平和への願いが込められている。
命名は、明治天皇陛下によるとされている。
靖国神社とは別に、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。
東京都千代田区にあり、靖国神社からは徒歩5分ほどの場所。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、国立の合葬墓地として昭和34年(皇紀2619年)に建設された。
ここは昭和12年に勃発した支那事変以降の戦没者が対象。
戦没者の遺骨のうち名前が解らなかったり、あるいは名前は分かっていても遺族が解らないため引き取り手のなかったりする遺骨を収容している。
冒頭にもありるが、靖国神社は、明治維新以来の内戦・事変・戦争等で亡くなった人々を対象としている。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑は墓であるから、遺骨が納められているが、靖国神社には遺骨は納められていない。
位牌もなく、戦没者の氏名が記載された霊璽簿(れいじぼ)が置かれているいる。
遺骨は各家族が自家の墓地に納め、位牌は主に家庭の祭壇で祀っている。
護国神社は全国各地にある。
これは、東京招魂社を前身とする靖国神社とは別に各地方の藩などが創建した地方招魂社を起源。
靖国神社と護国神社は、本社と分社の関係ではない。
分社とは、本社以外にその分霊を分け祀った神社をいう。
しかし靖国神社と護国神社は、ともに国事殉難者の霊を祀っており靖国神社は全国、護国神社は主としてその地域を対象としており祭神を一部同じくするので、提携しながら、慰霊・顕彰のための活動を行っている。
現在、靖国神社には、246万6千柱の御霊が祀られている。
御霊は神社の祭神(さいじん)であり、柱という単位で数えられる。
祀られている人々のうち、特に多いのは大東亜戦争の戦没者であり現在、213万3915柱。
現在も、新たに身元が判明した戦没者の遺族から合祀の依頼が続いている。
祀られているのは軍人ばかりでなく、大東亜戦争に限ると戦死、戦傷死、戦病死もしくは公務殉職した軍人、軍属、およびこれに準ずる者が、合祀の原則。
軍属とは、軍人(武官)以外の軍に所属する文官・文官待遇者のことをいい、従軍看護婦なども含まれる。
また軍人・軍属以外に、主婦、小中学校の児童・生徒、それに2歳にも満たない童女も祀られている。
女性も約5万7千人含まれている。
例えば、沖縄から鹿児島へ強制疎開する途中、撃沈された輸送船「対馬丸」に乗っていた生徒達、沖縄戦のひめゆり部隊、白梅学徒隊、終戦後、「氷雪の門」で知られる、ソ連軍の侵攻を内地に通報し自ら命を絶った樺太真岡(まおか)の女性電話交換手、ソ連軍の侵攻で虐殺された満州開拓の従事者といった人々も祀られている。
当時は日本国籍だった朝鮮人約2万1千柱、台湾人約2万8千柱も含まれています。
極東軍事裁判で「A級戦犯」と断罪され、処刑された昭和殉難者も祀られている。
わが国は、昭和20年(皇紀2605年)8月15日昭和天皇陛下の「ご聖断」により戦闘は停止したが、昭和27年4月28日に主権を回復するまでは引き続き国際法上の戦争状態にあり、極東軍事裁判以外にも「B・C級戦犯」の軍事裁判が国内外で行われた。
この時期に連合国によって有罪・処刑された者は、公務に殉職した法務死と国が決議した。
その基準に基づいて、昭和殉難者も合祀されている。
戦没者の慰霊・顕彰は、どこの国にみられる普遍的儀礼。
どこの国でも、祖国を守るために命を捧げた人々に敬意を表する場所がある。
アメリカのアーリントン国立墓地、イギリスのウェストミンスター寺院、台湾の忠烈祠、韓国の国立墓地等、形は様々でだが国民の魂のより所ともいうべき場所になっている。
慰霊の方法は、国によってその国の宗教的伝統に基づいて行われている。
アメリカのアーリントン国立墓地には、「無名戦士の墓」があり、その前で年3回、大統領が参加して、ユダヤ・キリスト教式の戦没者追悼式を行っている。
戦没者の中に、ユダヤ・キリスト教以外の信者が含まれていても、国家による公的行事として行われる。
異教徒であっても、国家の行事としてアメリカ国民は受け容れている。
国民として当然やから。
わが国においても、儀礼である戦没者の慰霊が国家による公的行事として行われるべきであり、また、国家が靖国神社を護持するのは当然。
単一民族である我国は、独自の宗教的伝統に則って行うべき。
(産経新聞 12月12日)
民主党の前原誠司政調会長は12日、都内で講演し、靖国神社に合祀(ごうし)されているいわゆるA級戦犯について
「政治が分祀を求めることはないが自主的判断で措置が取られることを望んでいる。そうなれば天皇陛下、首相が参拝していただける環境が整う」と述べた。
前原氏は「歴史問題は被害を受けた立場に立って物事を考えることが大変重要だ」とも述べ、A級戦犯の分祀を求めている中韓両国への配慮も必要だと強調した。
野田佳彦首相はA級戦犯について「戦争犯罪人ではない」との立場を取り、9月の衆院本会議では中韓両国の分祀要求に「不当な内政干渉には断固とした態度を取るべきだ」と強調している。
前原は過去にテレビで同じようにこのような発言をしている。
<コピー>
「私はA級戦犯の分祀をすべきだという考え方なんです」
「確かに亡くなられた方は皆さん方、仏様になるんだという考え方は、わからないでもありませんし、またA級戦犯を決めた東京裁判の正統性について疑義を挟む余地もあるとは思いますけれども、しかし、侵略戦争を行ったということは事実であって、そのやはり責任を取る立場にいた方がA級戦犯とされている訳ですね」
「しかもA級戦犯が合祀されるまでは8月15日に総理のみならず、天皇陛下も靖国に御参りされていて、それについて中国も韓国も何も言わなかったということを考えた時にですね、私はやはりA級戦犯というものを分祀して、堂々と総理のみならず、天皇陛下も8月15日に御参りをいただいて、亡くなられた方の霊を慰めて、そして永久平和の誓いをおこなうと、合わせて国立墓地なんかも作ってですね、外国の元首が来られた時には、そこの御参りをして頂くことも私は必要かと思います」
<以上>
東京裁判や靖国神社については日本の国民は学校できちんと教わらないから、こういう話になると何も言えなくなる。
それをいいことに政治家がデタラメを言ってはいけない。
さらに前原は
<コピー>
「A級戦犯が合祀されるまでは8月15日に総理のみならず、天皇陛下も靖国に御参りされていて」と述べている。
<以上>
まず前原の間違いは、陛下の場合は「御参り」とは言わず「御親拝」と言いう。
ここから前原は失格。
我々国民が参拝するのと同じに考えていること自体何も分かっていない。
日本の政治家ならばこういうことを語る前にもっと勉強すべき。
また、前原の言い方では陛下はA級戦犯(日本にはA級戦犯という者はいません)が合祀されているから陛下が靖国への御親拝をなされないような言い方をしているが、事実は違う。
陛下が最後に御親拝されたのが昭和50年11月21日であり、A級戦犯が合祀されたのはその後の昭和53年。
つまり、A級戦犯合祀の前に陛下は靖国神社へ御親拝されなくなった。
これは昭和50年に首相であった三木武夫が靖国神社を参拝した時、政教分離の原則に反するのではないかとの指摘に三木は「私的参拝である」と言ったことがきっかけ。
A級戦犯合祀などが理由ではない。
また前原は「侵略戦争を行ったということは事実であって・・」とも言っている。
日本は侵略戦争をしたのか?
大体「侵略戦争」という言葉の国際的定義の承認は昭和49年の国連決議「侵略の定義に関する決議」第一条までなかったのであり、当然東京裁判当時には「侵略戦争」の国際的定義などない。
だから、日本を侵略戦争と断罪すること自体、無謀。
国際法には戦争そのものを犯罪とする規定はなかったから東京裁判で規定された、a)平和に対する罪、b)戦争犯罪、c)人道に対する罪、は国際法にも慣習法にもない罪名であり、この裁判でこれら条例を不当にも国際法より優位にさせて裁判を執行した。
もし、彼らが平和に対する罪を言うならば東京裁判の最中に自分の植民地で戦争をしていたイギリス、オランダ、フランスこそ、その罪であり、支那の国民党や共産党に武器を与えて戦わせていたアメリカこそ平和に対する罪。
特にアメリカの原爆投下は戦争犯罪であり人道に対する罪。
日本は適正な条約により台湾や朝鮮を統治していた。
欧米の白人たちのような搾取もなければ愚民化政策もしていない、それどころかこれらの国の発展に尽くしていた。
また、日本が支援した満州国も大いに発展し支那人がたくさん入り込むくらいにとても素晴らしい国となり日本人はその発展に大いに寄与し、日本はさらに防衛にも寄与し、ソ連からの侵略を阻止して防共の治安に当たっていた。
これは侵略というより日本の地政学的位置と近隣国との防共、さらに資源確保を考えれば当時の日本を取り巻く環境からすれば当然必要なことであり、当時の日本の置かれた状況を知れば理解できる。
これに比べて欧米白人の植民地政策の方がよほど侵略。
ただ、戦争前からアメリカにいたコミンテルンの手先、ソ連秘密警察、アメリカ共産党の連中により、日本を支那との戦争に引きずり込んでおきながら「日本の侵略によって支那は可哀想だ」というでたらめな構図をつくり上げ、支那支援・日本非難という宣伝をし、対日制裁をして日本を意図的に追い詰めた。
そして日本は戦争に敗れたため、その言いなりになってしまった。
前原の言う、侵略戦争もA級戦犯合祀についてもデタラメ。
今や在日や北朝鮮との関係を指摘されている前原のこういう過去と現在の発言こそ、チャイナや韓国におもねるための発言であり彼らの代弁とも受け取ることが出来る。
首相の参拝は首相自ら決断すれば幾らでもできる。
陛下の御親拝は政治、つまり首相が決断すれば可能。
チャイナや韓国がいくら騒ごうが全く無視して、堂々と日本のために散華された英霊たちの許で、陛下が御親拝されるのは日本国として自然。
そこには、A級戦犯という戦後につくられた嘘など入り込む余地などない。
靖国神社は明治二年(皇紀2529年)、明治天皇陛下によって現在の東京都千代田区九段に創建された。
当初は「東京招魂社」と呼ばれまたが、明治12年(皇紀2539年)に靖国神社と改称された。
その淵源は、文久三年(皇紀2523年)高杉晋作の発議により奇兵隊専属の招魂場として元治元年(皇紀2524年)下関に桜山招魂場が完成し現在は桜山神社となっている。
全国で最初に招魂社として建てられた招魂社。
「靖国」という名称には「国の平和を願う」という思いが込められている。
その淵源は古く「日本書紀」のの神武天皇の条に「安国」の文字が見える。
「昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、此の国を目(なづ)けて曰(いわ)く、日本は浦安国(うらやすくに)、細(くはし)戈千足国(ほこちたるくに)、磯輪上秀真国(しわかみのほつまくに)」とある。
「浦安国」の「うら」は心を意味し「安国」は安らかに治まる国、泰平の国の意味であり『延喜式祝詞』の「祈念祭」には、「四方(よも)の国を安国と平らけく」とある。国の内外の平和を祈る言葉として「安国」が使われている。
「浦安国」とは古の日本を意味する。
神祇の安寧慰撫と国の平穏無事 を祈り現在でも「浦安の舞」は各地の神社の例大祭などで舞われている。
靖国神社の名称を「安国」ではなく「靖国」と表したのは重要な漢語は、中国の古典に典拠を求める慣習により『春秋左氏伝』に「吾は以て国を靖んずるなり」「以て国を靖んぜんと曰へり」とあり、これが出典とされている。
このように「靖国」という名称には、平和への願いが込められている。
命名は、明治天皇陛下によるとされている。
靖国神社とは別に、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。
東京都千代田区にあり、靖国神社からは徒歩5分ほどの場所。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、国立の合葬墓地として昭和34年(皇紀2619年)に建設された。
ここは昭和12年に勃発した支那事変以降の戦没者が対象。
戦没者の遺骨のうち名前が解らなかったり、あるいは名前は分かっていても遺族が解らないため引き取り手のなかったりする遺骨を収容している。
冒頭にもありるが、靖国神社は、明治維新以来の内戦・事変・戦争等で亡くなった人々を対象としている。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑は墓であるから、遺骨が納められているが、靖国神社には遺骨は納められていない。
位牌もなく、戦没者の氏名が記載された霊璽簿(れいじぼ)が置かれているいる。
遺骨は各家族が自家の墓地に納め、位牌は主に家庭の祭壇で祀っている。
護国神社は全国各地にある。
これは、東京招魂社を前身とする靖国神社とは別に各地方の藩などが創建した地方招魂社を起源。
靖国神社と護国神社は、本社と分社の関係ではない。
分社とは、本社以外にその分霊を分け祀った神社をいう。
しかし靖国神社と護国神社は、ともに国事殉難者の霊を祀っており靖国神社は全国、護国神社は主としてその地域を対象としており祭神を一部同じくするので、提携しながら、慰霊・顕彰のための活動を行っている。
現在、靖国神社には、246万6千柱の御霊が祀られている。
御霊は神社の祭神(さいじん)であり、柱という単位で数えられる。
祀られている人々のうち、特に多いのは大東亜戦争の戦没者であり現在、213万3915柱。
現在も、新たに身元が判明した戦没者の遺族から合祀の依頼が続いている。
祀られているのは軍人ばかりでなく、大東亜戦争に限ると戦死、戦傷死、戦病死もしくは公務殉職した軍人、軍属、およびこれに準ずる者が、合祀の原則。
軍属とは、軍人(武官)以外の軍に所属する文官・文官待遇者のことをいい、従軍看護婦なども含まれる。
また軍人・軍属以外に、主婦、小中学校の児童・生徒、それに2歳にも満たない童女も祀られている。
女性も約5万7千人含まれている。
例えば、沖縄から鹿児島へ強制疎開する途中、撃沈された輸送船「対馬丸」に乗っていた生徒達、沖縄戦のひめゆり部隊、白梅学徒隊、終戦後、「氷雪の門」で知られる、ソ連軍の侵攻を内地に通報し自ら命を絶った樺太真岡(まおか)の女性電話交換手、ソ連軍の侵攻で虐殺された満州開拓の従事者といった人々も祀られている。
当時は日本国籍だった朝鮮人約2万1千柱、台湾人約2万8千柱も含まれています。
極東軍事裁判で「A級戦犯」と断罪され、処刑された昭和殉難者も祀られている。
わが国は、昭和20年(皇紀2605年)8月15日昭和天皇陛下の「ご聖断」により戦闘は停止したが、昭和27年4月28日に主権を回復するまでは引き続き国際法上の戦争状態にあり、極東軍事裁判以外にも「B・C級戦犯」の軍事裁判が国内外で行われた。
この時期に連合国によって有罪・処刑された者は、公務に殉職した法務死と国が決議した。
その基準に基づいて、昭和殉難者も合祀されている。
戦没者の慰霊・顕彰は、どこの国にみられる普遍的儀礼。
どこの国でも、祖国を守るために命を捧げた人々に敬意を表する場所がある。
アメリカのアーリントン国立墓地、イギリスのウェストミンスター寺院、台湾の忠烈祠、韓国の国立墓地等、形は様々でだが国民の魂のより所ともいうべき場所になっている。
慰霊の方法は、国によってその国の宗教的伝統に基づいて行われている。
アメリカのアーリントン国立墓地には、「無名戦士の墓」があり、その前で年3回、大統領が参加して、ユダヤ・キリスト教式の戦没者追悼式を行っている。
戦没者の中に、ユダヤ・キリスト教以外の信者が含まれていても、国家による公的行事として行われる。
異教徒であっても、国家の行事としてアメリカ国民は受け容れている。
国民として当然やから。
わが国においても、儀礼である戦没者の慰霊が国家による公的行事として行われるべきであり、また、国家が靖国神社を護持するのは当然。
単一民族である我国は、独自の宗教的伝統に則って行うべき。