■韓国軍ヘタレ伝説
1950年6月25日、北朝鮮軍約10万人が38度線を突破して 進撃してきた。
北朝鮮軍の奇襲に韓国軍は総崩れとなり、わずか3日でソウルが陥落した。
その時、韓国軍のソウル親衛隊と参謀本部は米国軍事顧問団を置き去りにして真先に逃亡。
さらに北朝鮮軍に追い詰められ敗走して韓国軍は、保導連盟員や政治犯が北朝鮮軍に呼応して反乱することを恐れ二十万人あまりの自国民を虐殺した。
ほぼ同時に朝鮮半島の戦線を放棄し「九州に臨時政府を作るから助けてくれ」と在日米軍に泣きついたが、あまりのヘタレぶりに米軍がマジギレし、韓国軍の指揮系統を掌握して反攻。
そして38度線まで押し戻して休戦にもちこんだ。
だから、2012年まで韓国軍の戦時作戦統制権は今も在韓米軍のもの。
1950年6月25日、北朝鮮軍約10万人が38度線を突破して 進撃してきた。
北朝鮮軍の奇襲に韓国軍は総崩れとなり、わずか3日でソウルが陥落した。
その時、韓国軍のソウル親衛隊と参謀本部は米国軍事顧問団を置き去りにして真先に逃亡。
さらに北朝鮮軍に追い詰められ敗走して韓国軍は、保導連盟員や政治犯が北朝鮮軍に呼応して反乱することを恐れ二十万人あまりの自国民を虐殺した。
ほぼ同時に朝鮮半島の戦線を放棄し「九州に臨時政府を作るから助けてくれ」と在日米軍に泣きついたが、あまりのヘタレぶりに米軍がマジギレし、韓国軍の指揮系統を掌握して反攻。
そして38度線まで押し戻して休戦にもちこんだ。
だから、2012年まで韓国軍の戦時作戦統制権は今も在韓米軍のもの。