中国や韓国の政策や広報などをも信じてしまう素直な人は

「会ったこともないアジアの外国人に日本人が恨まれてるのであれば、きっと本当に日本人が戦争中悪いことばかりしてたのではないか?」

「戦争は悪いことなのだから、戦争した日本が悪いに決まってる」

「賠償が充分ではないのではないか?日本は金持ちなのだからもっと払えばいいのではないか?」

などと誰かから聞いた言葉のトリックをそのまま真に受けてしまう。

でもよく考えろ。

戦争は日本だけではできない。

当然、「相手」も「仲間」もいた。

「当時国際法で完全に合法だった戦争」をもし悪いことだというなら『世界中が悪い国』ということになってしまう。

しかも韓国と日本は同じ敵を相手に味方として共に戦争したが敵対はしていない。つまり彼らは「戦争」ではなく「併合」に文句を言っている。

それなら日本に完全な正当性がある。

韓国人が他国の戦争批判に便乗して「南京」を槍玉に挙げて日本を非難することもあるが、南京は中国の都市であり韓国には関係ない。

関係ない話でよければ「韓国はベトナムに賠償したか」、日本に関係ある話題なら「竹島の漁民殺害に謝罪したか」「元寇、応永の外寇、対馬・任那日本府への侵略など朝鮮人が日本にしてきた悪行を教科書に載せているか」なども論ずるべきだ。

そもそも併合は「侵略」どころか「朝鮮側に望まれて行ったこと」で、日本側は完全に赤字。

朝鮮は多大な恩恵を受けたが、日本にはロシアと中国を牽制する国防のメリット以外はほとんどなかったと言っても過言ではない。

なにより日本の併合は『国際的にも国内的にも結果的にも“植民地支配の手本”ともいえるほどの素晴らしい評価を得ている』

「当時は」韓国人ですら日本による併合を歓迎していた。

では、日本は賠償してないのか?

いや、必要以上なほどに充分な賠償をしている。

歴代の国家元首が何度も繰り返し謝罪している。

じゃあ何が問題か。

「戦争を経験してない“現在の”韓国人の“感情”だけ」

歴史問題のようでいて、実は歴史問題ではない。

では、戦争を経験してない韓国人が“なぜ”日本に対して嫌悪感情を持つか。

その原因は歪んだ教育以外にありえない。

そんな韓国人が、『読んだこともない日本の教科書』までも“中国に便乗して”批判しているのはそのため。

(実は中国人も読んでないので中国政府ですら問題点の指摘もできない)

世界史を学んでないくせに知らない隣国を憎悪する韓国と、謙虚に相手の言葉を信じすぎて国際社会で食い物にされる日本。

現状に満足できないまでも、どちらの言葉を信じるべきかは韓国を少し知ることで自ずと見えてくるはずである。

だが、そんな狂った現状を「おかしい」とちゃんと知っている人もいる。

平成15年5月31日、東大での講演会で麻生太郎が語ったエピソードに このようなものがある。

「中国や韓国と外交をするうえで、歴史問題をどうすればいいと思うか」

という質問を受けた麻生氏は

「歴史認識を一緒にしようといっても、隣の国と一緒になるわけがない。 たとえば朝鮮人の創氏改名の話。日本が満州国をやる前に創氏改名の話が出たことは一回もない」

「しかし、当時、朝鮮の人たちが日本のパスポートをもらうと名前のところにキンとかアンとか書いてあり「朝鮮人だな」と言われた」

「仕事がしにくかった。だから名字をくれ、といったのがそもそもの始まりだ」

と答えた。

これを韓国で言ったところ灰皿が飛んできたという。

そのときに「若い者じゃ話にならない、年寄りを呼んでこい」と言ったら、韓国のおじいさんが現れて

「あなたのおっしゃる通りです」

と言ってくれた。その後、講演会の続きで麻生氏が

「ハングル文字は日本人が教えた。うちは平仮名を開発したが、おたくらにそういう言葉はないのか、と言ってハングル文字が出てきた」

と言ったらもっとすごい騒ぎになった。

だが、その時もそのおじいさんが

「よく勉強しておられる。あなたのおっしゃる通りです」

と言って、その場は収まった。

つまり韓国でも当時を知る老人は正しい歴史的事実を知っているのである。

「日本の朝鮮総督府が発行したハングルの教科書」という『物的証拠』も今でも当たり前のように多数現存している。

■『韓国 堕落の2000年史』(詳伝社 崔 基鎬 平成13年)

ハングルが全国民に教えられるようになったのは、日帝時代になってからのことである。

韓日併合の翌年の1911(明治44)年から、総督府によって朝鮮教育令が施行され、初、中、高等1894学校で朝鮮人、日本人の生徒の区別なく、ハングルを必修科目とすることに決められた。

■『日韓2000年の真実』(国際企画 名越 二荒之助 編著)

総督府が編纂した「朝鮮語辞典」(1930年4月10日出版)395P

これは、総督府に朝鮮固有の文化を尊重しようとする明確な方針があったためで、そのほかにも朝鮮総督府は、明治四十五年に「朝鮮語辞典」に着手したり、大正十年には「朝鮮語奨励規定」を設けて日本人官吏に朝鮮語の習得を奨励したり、大正十三年には新設の京城帝国大学(現ソウル大学)に朝鮮語・朝鮮文字の講座を開設したりと、朝鮮語の教育、普及に対策を講じている。

「朝鮮語抹殺」の意図がもし日本にあれば、総督府が率先してこうした施策を打ち出すはずがないからである。

学のない普通の韓国人だけがハングルを日本が広めたことを否定したがっているだけであって、本来なら疑う余地などないレベルの事柄なのである。

では“なぜ”普通の韓国人はそれ否定するのだろうか。

それはやはり韓国の教科書のせいである。

■民族抹殺統治

わが民族は日帝の内鮮一体、日鮮同祖論、皇国臣民化のような荒唐無稽な スローガンのもとで、わが国の言葉と歴史を学ぶことができなかった。

また、皇国臣民の誓詞暗唱、宮城遥拝、神社参拝はもちろん、甚だしくは、われわれの姓名までも日本式に変えるように強制した。

日帝はこれを拒否する人に対しては投獄、殺傷までも躊躇せず、このような政策に従わない宗教系統の学校は閉鎖された。

(国定韓国高等学校歴史教科書より)

“日本が朝鮮の言葉と歴史を抹消して姓名変更を強制し、歯向かった者を殺した”

…という嘘が全国民が使用する教科書に書いてあるのである。

創氏改名などについては前項で既にみてきた通りである。

言語についても同じである。

日本からの好影響を一切認めたくない韓国人はことある毎に日本統治の名残を見つけ、

「日帝残滓」として「排斥しなければならない」と使命感に燃える。

実際に日本統治下で朝鮮に流入した物の呼び名などは次々に朝鮮式呼称に改めている。

しかし、さすがに使用言語を変えるわけにはいかないので、

ハングルを日本に広めてもらったという事実が我慢ならないのだ。

だから根拠や証拠もなく「日本は韓民族からハングルを奪った!」と決め付け

「優秀な韓民族は自ら勉強し、ハングルを独力で習得した」と言い張るのである。

日本人の感覚ではこのような朝鮮人の見栄や虚勢は“愚か”で“稚拙”と感じることと思う。

だが、その愚かさもある意味止むを得ないのかもしれない。

ハングルの起点は李氏朝鮮の第4代国王・世宗(セジョン)による『訓民正音』の制定なのだが、その訓民正音の序章には、実はこのようなことが書かれている。

原:國之語音。異乎中國。與文字不相流通。

故愚民。有所欲言。而終不得伸其情者多矣。

予為此憫然。新制二十八字。

欲使人人易習。便於日用耳。

訳:朝鮮国の言葉は中国のものとは異なり、漢字漢文とは通じない。

ゆえに愚民たちは言いたいことがあっても書き表せずに終わることが多い。

私(世宗)はそれを哀れに思い、新たに28文字を制定した。

人々が簡単に習い使い日々用いるように欲する。

皮肉なことではあるが、 どうやらハングルは歴史的にも“愚民のための言葉”のようである。

余談を付記すれば、最近でもあまり成長していないのが韓国の現状だという。

世宗も思惑が外れてがっかりしていることだろう。

【参考】韓国人の文書読解能力、OECD加盟国中 最下位(2002年)

ただ、老人以外にも、海外等でよく勉強している韓国人の中には、ごく希に「韓国政府の嘘」を見抜く人が現われることがある。

たとえば、韓国済州島出身の韓国評論家の金満哲はこう言っている。

「同胞韓国人は嘘つきばかりである。私はそのことが恥かしく、情けない」

「韓国は独力で近代化を成し遂げた」って。馬鹿を云うな。韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである」

「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい」

「同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ」

「ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本にあこがれ、日本人になろうとしたのだ」

「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ」

「漢河の奇蹟」だって!笑わせる。日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ」

「これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろうよ」

「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。一体、併合前の朝鮮半島のどこに 「文化」なるものがあったのか。併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ」

「虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである」

「このような韓国の本質を知らず「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない」

「これが恥でなくてなんであろうか」

韓国政府はこのようにウソを暴く人が現われた時の対策をちゃんとしてきた。

『真実』を『証拠付き』で説明された時、韓国国民に否定させる方法はただ一つ。

それこそが現実を「感情」で拒否させるための『愛国・反日教育』なのである。

韓国の大統領だった朴正煕(パクチョンヒ)の話を石原慎太郎はこう伝えている。

歴史についても、政治家には責任がある。今問題になってる北朝鮮、韓国との兼ね合いにしろ中国の日本批判にしろ、日本の歴史について外国は外国なりに解釈するだろう。それはしたらいい。

しかし「それはそうじゃない」と、私たちの感性で、私たちの精神で、日本の歴史というものを評価するのは、日本の政治家の責任だ。

なのに、みんな「あなた方のおっしゃるとおりです」ってペコペコ してばかり。官房長官時代の宮沢喜一や河野洋平が典型だ。歴史の解釈を向こうに習っている。こんな政治家が跋扈しているという現状は、本当におかしいと思う。

例えば韓国の日本の統治の問題。あれは合法的にやって、しかも世界が是として、べつに外国から文句が出たものでもない。しかも韓国、朝鮮人が自分たちで選んだ道なんだ。

その判断を、ある意味で冷静に評価したのは韓国の大統領だった朴正煕さんだ。

私も何度かお目にかかった。あるとき、向こうの閣僚とお酒を飲んでいて、みんな日本語がうまい連中で、日本への不満もあるからいろいろ言い出した。朴さんは雰囲気が険悪になりかけたころ

「まあまあ」と座を制して、「しかしあのとき、われわれは自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した」

「もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅びて、もっと大きな混乱が朝鮮 半島に起こったろう」

「もしロシアを選んでいたら、ロシアはそのあと 倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。そしたら北も南も完全に共産化された半島になっていた。」

「日本を選んだということは、ベストとはいわないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったならば、 セコンド・ベストとして私は評価もしている」

(平成14年11月5日 大阪サンケイホール「石原慎太郎講演」より)