古雑誌のコラムからの転載。仏教の逸話を元にしたおはなし。

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子供の頃、坊さんの説教を聞いた中で、いまだに忘れない話がある。

昔、父親とその子が一頭の驢馬を綱で引いて村の道を歩いていた。道端に何人かの人が群れていて

「あれ、あの二人は馬鹿じゃあんめいか。驢馬を役立てることも知らんで、とぼとぼ歩いてござっしゃる」と、ひやかした。

「んだ、んだ」と、みなが一斉に相槌を打った。

それを耳にした父親は、そんならというので、息子を驢馬に乗せ,自分が手綱を取って歩いた。

しばらく歩くと、また道端にたむろする人々の群れを通り過ぎた。

「あれ、あの若者は親を歩かせ、てめえは驢馬に乗って平気な顔していやがる。あんな親不孝もんがいまの若者におるんかいな」と罵った。

「おるぞ、おるぞ、そこにおるぞ」と大ぜいが相槌を打った。

それを聞いた二人は、相談のうえ、そんならというので、父親が驢馬に乗り、息子が手綱を取って歩いた。

しばらく歩くと、またもや人々の集っている広場の前を通った。

すると誰かが声高に言うのが聞こえた。

「あれ、あの親爺、まだ元気そうに見えるのに、自分は驢馬に乗って息子にだけこの一本道を歩かせていやがるぜ。おおい、そこの親爺、てめえ、親心持っておるんかよ」

すると、みんなが調子を合わせて「持っておるんかよ、持っておるんかよ」と囃し立てた。

二人は困って、どうしたらよかんべと相談した結果、ふたりとも驢馬に乗った。

おとなしくて愚かな驢馬は二人の重さに堪えて、ゆっくりと歩いた。

しばらくすると街角に出た。そこには、また大ぜいの人がたむろして何か相談事をしていた。

そのうちの一人が大声で叫んだ。

「おおい、そこの親爺と若者、そりゃあんまりむごいんじゃねえか。いくら馬鹿な驢馬でも、そんなにむごくいじめちゃいけねえ。てめえらには血も涙もねえのか。虐待もいいかげんにしろ」と叫んだ。

わあ、こりゃえらいことになった、どうしたらよかんべ、というので二人は、そこに座り込んで相談した。

結論がやっと出た。二人は腰にさげた縄を取りだし、それで驢馬の足を縛り、棒で驢馬をさかさに吊るしあげ、二人で担いで、やっと家に着いた。

父親の伴れ合い、つまり若者の母親が出てきて、びっくり仰天「驢馬は病気かや、それとも負傷したかや」と聞き、そのどちらでもないと知るや、「お前さんたちは、揃いも揃ってこの驢馬よりも阿呆だね」と言って、長いため息をついた。

驢馬の利用法も知らず、二人で綱を握って、とぼとぼ歩く姿をひやかした者は多分賢い人で、その嘲笑にはたしかに一理ある。さればこそ居合わせた連中が相槌を打って、愚かな親子をあざけった。

子供だけ乗って親を歩かせるのはけしからんと言って憤慨した人は、多分道徳堅固な人だった。

むろん、その憤慨には、たしかに一理ある。だからこそ、多数の人々が共鳴して子供の親不孝を非難したのであろう。

次には、父親だけ乗って子供に歩かせる姿は、父親に子を思う愛情がない証拠だ。だから、それを言い立てて非難したのも一理ある。これは情け深い人の見方だから、みんなが思いを同じくして非難の声を父親にあびせたのだろう。

ふたり一緒に乗って行くと、乗られてよちよち歩く驢馬が可哀そうである。

何たる動物虐待だろう。いい加減にしろと怒鳴ったのは一理どころか二理も三理もある。 

以上、四度の批判を受けるごとに、それではと道行の形を変えて、ついには二人で驢馬を担いで帰ると、今度は女房に驢馬よりも阿呆だと罵倒された。それもその筈、担ぐ者も骨が折れるが、担がれる方もさかさに吊り下げられて生きた心地はないだろう。

四たび改変して、最後に最悪の形になったわけである。

どうしてこういうことになったのであろう。言われてみると、それもそうだと思って、言われるたびに自分を変えたからだ。なぜ変えるかと言うに、自分には何の拠りどころもなく、人の評判に動かされるからである。

釈尊がまさに滅を示さんとして、嘆き悲しむ弟子に向かって最後の説法をされた中に、阿難よ、そなたはおのおのそなた自らを拠りどころとして生きなさい、他の何かを拠りどころにしてはいけない、と言い遺された。それは真実の自己をどこかに置き忘れて、いたずらに外部の評判や評価や毀誉褒貶に惑わされ、こっちによろよろ、あっちによろよろしてはならぬという釈尊最後の教えだった。

日本の古仏道元禅師は、宇治の興聖寺の開堂のとき、上堂して「山僧は宋国から帰朝するに際し、一毫の仏法も持ってはこなかった。

強いていえば、眼横鼻直(げんのうびちょく)眼は横に鼻は縦についていることを体得し、人に瞞せられぬようになって帰ってきたのであると喝破した。

それは奈良朝、平安朝以来の日本仏教に対する宗教改革の大宣言だった。

その中の一句、

「人に瞞せられず」ということが、今の我らの主題にかかわる要処である。

驢馬の使い方も知らぬと人にいわれると、その人に瞞されて、子供を乗せる。あれ、あの子は親不孝者よといわれると、それに瞞されて、今度は親が乘る。あれ、あの父親には子供への愛情がないといわれると、言った人に瞞されて、親子二人で驢馬に乘る。

わあ、何たる残酷さだと騒がれると、民衆に欺されて二人は驢馬を降り、驢馬の脚を縛って担いで歩く。これみな、人に瞞せられたのである。

人に褒められると、得意になって鼻を高くし胸を張る。その人は、くさされると必ず意気消沈して、しょんぼりする。

褒められて調子づくやつは、必ずくさされてしょんぼりするやつだ。褒められても、くさされても、自分の値打ちに微塵も変わりもないのに、褒められると瞞されて急にえらくなったように錯覚し、くさされると瞞されて急にだめな人間になったように錯覚して悲観する。

以上、ざっとこんなふうに述べて、自分でも悟ったような気がするけれども、さて実際にことがわが身の上に起こると、たいがい、いい気分になったり、しょんぼりしたりして、真の向上へのエネルギーはまるで湧いてこないものだ。これまた、人に瞞せられないことの如何にむつかしいかを思い知る。

人にいわれて、たやすく自分を変え、いわれるたびに動揺して自分の方向を、たやすく転換する人は、世間に順応するように見えるので、あの人はよい人だと好意を持つ者も出てくるし、そうでないまでも人に憎まれることはすくない。

そのこつを心得て、上手にのらりくらりすると、特に民主社会では比較的長く自分の社会的地位を保つことができる。けれども、周囲の者は、その間にずるずると取り返しのつかない羽目に落ち込んでゆくのだ。

もし、国の総理のごとき人が人の人気に瞞され、民主という美名にかくれて皆さんの意見に従いますなどと言いつつ、こっちへ向かって歩き出したら、たちまち誰かがそれに反対し大ぜいの民衆が「んだ、んだ」とそれに相槌を打つと、あれ、これはいかんとばかり、こっちに向かうのをやめて、いつのまにやら、あっちへ向いて歩き出す。

この方式を続けるうちに、国は内からも外からも信頼できぬ存在になる。彼の地位が波のまにまに漂いながらも保たれると、それだけ救われ難い破局へと国と国民を伴れてゆきつつあることになる。

というふうに思いめぐらすと、子供の頃に真宗の説教坊主から聞いた驢馬を担いだ親子の話は実に今こそ大へんな意味を帯びるわけである。

では、ひとに瞞せられないための心の基本姿勢は、どうあるべきか。それはいわずと知れたこと。

理想を持つこと、

使命を持つこと、

志を立てること、

悲願を持つことである。

江戸時代、了翁という黄檗宗の禅僧は、若い頃座禅していると、性欲が湧き出てどうにも仕方がなかった。おのれおとなしくしろと命じても、股間の一物は鎌首をもたげる。

そこで、ついに決心して、股間の一物を利刀を以て斬り捨てた。ところが、その傷口が化膿して痛みだし、夜もろくに眠れなくなった。

一夜、夢うつつの中に、仏の姿が現れて、「汝の道を求むる志気は、深くこれを愛すべし。よって汝の病を癒やさんとす」と告げ給い、薬の調製法をねんごろに教示された。そこで教えられた通りに調製して、それを膿みただれた傷口に塗ると、斬り取ったものが再生したわけではないが、傷は完全に治癒した。

了翁和尚は、この妙薬を「錦袋円」(きんたいえん)と名づけて売り出し、六年間で三千両、いまでいうと数十億円を儲けた。あれ、あの和尚、坊主のくせに足ることを知らず、一心不乱に銭儲けしておる、囂々たる非難の声が巷に満ちた。それでも、この和尚、少しも怯まず、大いに薬のピーアールをした。薬がよく効くので、やはり飛ぶように売れた。

巨額の金がたまると、彼は同じ黄檗宗門の祖師鉄眼禅師の偉大な志業による一切経を復刻して、全国二十一の寺に奉納した。それが了翁の悲願だった。この悲願が一本、しゃんと立っていたので、世間の悪評などで動揺することがなかったのである。

昔の純粋な坊さんたちは、よく「願」を立てたものだ。それを「発願」(ほつがん)といって、じぶんは生々世々(しょうじょうせせ)この大願成就のために、どんな困難に逢っても不退転の行をすると仏前に誓ったのである。これが人に瞞せられない磐石の一心になったのである。

この願は、発願者によってちがうので「別願」という。大蔵経典復刻の願とか宗風復古の願とか伽藍再建の願などというときの「願」は、人によって格別だから、別願と名づけられる。

しかし、志を立てた発願者に共通する願がある。菩薩たらんとする純粋な求道者には、一人の例外もなく共通の願がなければならない。それを「人類光明化の悲願」と名付けるのだが、古来の仏教者は「四弘誓願」(しぐせいがん)を立て、これを別願に対して「総願」と称してきた。

四弘誓願は、四つの弘大な誓願ということで、その文句は素晴らしく口調がよいので、出家者でない在家の人々の集まりでも一斉に声を揃えて唱えることがある。

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

煩悩無数誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)

法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)

仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)

数限りなき衆生なれど、誓って済度せんことを願う

尽くることなき煩悩なれど、誓って断ぜんことを願う

広大無辺の法門なれど、誓って学得せんことを願う

最尊無上の仏道なれど、誓って成就せんことを願う

こうした使命や誓願のみが、驢馬を担いだ親子の轍を踏まない最も確実な秘訣である。それは同時に、現代民主主義社会の堕落を防ぐ最後の砦である。