天皇が政治を執り、国を治め給う事を「シロシメス」と古代の言葉で言ったのです。
”シロシメス”とは”知り給う”ということであります。
なぜ、そういうかと言うと、日本天皇が国を治め給うのは、”十六方向”すなわち、あらゆる角度のすべての国民の声を聴いて治められるのです。
天皇の十六菊の御紋章は十六方向の民の声をキクと言うシルシであります。
全ての方角の国民の声を天皇は聴き給うて、すべての国民の願いに基づいて国民の心を知り給う(即ちシロシメス)て治め給うのであるから、天皇が国を治め給うのを『シロシメス』といい、天皇政治がそのままに国民の心をもとにした民主政治。
ところが天皇政治がやめられた現在の民主政治というのは、 名前は「民主」だが、吾々国民の心を主にした政治ではなく徒党(ととう)を組んだ多数の力によって、何でも押しまくって多勢の考えのように政治のやり方を決めてしまって、 反対の人の意見を聴いてやらん、ということになっているわけであります。
だから、今の政治は「民主主義」だけれども、天皇政治よりも余程民主主義ではないのであって、 むしろ「派閥政治」であります。
それですから、日本の国を本当に国民の心を主にした政治が行われるためには、 天皇政治にならんければならないわけであります。
『真理入門25章』、谷口雅春著
<以上>
東側の社会主義も、西側の資本主義(民主主義)も、紙の裏表のようなもので、畢竟どちらも唯物論に過ぎないと思う。
西側の資本主義は真に「多くの人々の幸せのために働く」というより、あくまで「自分が儲けるために働く」ことを是としている。
しかし、これはカタチの上では相手に何かを与えているようでも、実際には相手からモノや金や仕事を奪って自分が「儲かろう」としているだけになってしまっているように思う。
そうだとすれば、それは真に多くの人々を幸せにするところの労働ではなく、自分が儲けるための商売に過ぎない。
とりわけ、現在世界中(我が国を含む)を席巻する新自由主義という思想は、目先の利益ばかりを求めて、住宅バブル崩壊(リーマンショック)、ソブリン危機を引き起こし、西側諸国の経済を危機に陥らせ、発展途上国の成長をも阻み、世界を不幸にしてしまっている。
しかし、本来ならば、 資本家は多くの人々を幸せにするために惜しみなくお金を使うべき。
また、労働者は賃上げや生活保護ばかり要求せず、多くの人々のしあわせのために惜しみなく労働奉仕をすべき。
そうすれば、キリストが言った「与えよ、さらば与えられん」の黄金法則に従って、資本家も労働者も必要なものが必ず与え返されるはず。
まず自分が持てるものを相手に豊かに与えてこそ、神の無限供給の扉が開かれるというものだと思う。
しかし、欧米諸国の資本主義(とりわけ新自由主義)は物質(モノ、金)に執着し、まず「与える」ということをしないで、ただ「もらうこと」(奪うこと)ばかり考えて、目先の利益に血眼(真っ赤な目)になってしまっている。
いわば、資本主義の中にも赤い思想(唯物思想)があると言えると思う。
目先の利益に執着し、「まず相手に豊かに与える」ということをしないから、自然流通が滞り、奪い合いが起こり、金融不安が発生し大不況にに陥ってしまっている。
政治においては「民主主義」と言うが、結局は私利私欲を追求する派閥政治に堕し、常に争いが絶えないと言うことになり、「民主主義国」において本当の幸せが実現されているようにはとても思えない。
ソ連や支那のような社会主義や独裁政治には断然反対、西側の資本主義や民主主義の方がはるかにマシだとは思う。
しかし、西側の資本主義や民主主義の価値が至上のものであるかのごとく捉えるのも、大変な誤りであると思う。
西側諸国は表向き「自由」だ、「民主主義」だと言いうが、しかし、実際には心の世界において奪い合いをしているのだから、結局やがては恐慌や戦争など大きな問題を引き起こさざるを得ないのだろう。
社会主義も資本主義も物質に執着しているという点で通底しており、程度の差こそあれ、唯物論に過ぎない。
しかし、そこに来ると日本国は大きく異なる。
見返りを求めずに、ただ相手の幸せのために与える。
誠に畏れ多いが、天皇陛下が常に天爾惟神(てんにかんながら)に生きる道を身をもってお示しになっておられる。
私たち国民もそのような天皇陛下の大御心に中心帰一し自分のことに執着せず、相手の幸せのためにただ与える…
資本家も、労働者も、政治家も、官僚も、庶民も、そのような心になってただ与え合うようになれば、釈迦が言った「極楽浄土」(助け合いの世界)が顕われ、キリストが言った「天に成れる世界」が地上の世界にも成就すると思う。
そのように突き詰めて考えていけば、 結局のところ、やはり天皇国日本こそが至上の価値である。
天皇陛下を国家の中心に戴き
「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し、朋友相信じ恭検己を持し博愛衆に及ぼし」て天爾惟神(てんにかんながら)に生きる。
これこそ、社会主義や資本主義の「唯物論」をも超克した、日本人らしい生き方であり、人間として真に価値のある生き方。
マスコミは、支那がスバラシイとか、欧米がスバラシイだとか言いうが、一体何を言っている?
素晴らしいのは我が日本国。
天皇国日本。
これこそ真に価値のある国家、天壌無窮の真理国家。
日本は支那・ロシア・朝鮮、あるいは欧米の考え方に阿ってばかりいるのではなく、むしろ日本こそが世界に模範を示すべき国家だということを自覚すべきだし、また自国の伝統・文化をもっと誇りに思い、その価値観を大切にすべき。
世界の諸国が天皇国日本の素晴らしさに習おうとしたとき、きっと真の世界平和が実現する。
書くのはおこがましい内容だが、僭越ながら、拙い文面ながら、思うところをそのままに書かせていただいた。
”シロシメス”とは”知り給う”ということであります。
なぜ、そういうかと言うと、日本天皇が国を治め給うのは、”十六方向”すなわち、あらゆる角度のすべての国民の声を聴いて治められるのです。
天皇の十六菊の御紋章は十六方向の民の声をキクと言うシルシであります。
全ての方角の国民の声を天皇は聴き給うて、すべての国民の願いに基づいて国民の心を知り給う(即ちシロシメス)て治め給うのであるから、天皇が国を治め給うのを『シロシメス』といい、天皇政治がそのままに国民の心をもとにした民主政治。
ところが天皇政治がやめられた現在の民主政治というのは、 名前は「民主」だが、吾々国民の心を主にした政治ではなく徒党(ととう)を組んだ多数の力によって、何でも押しまくって多勢の考えのように政治のやり方を決めてしまって、 反対の人の意見を聴いてやらん、ということになっているわけであります。
だから、今の政治は「民主主義」だけれども、天皇政治よりも余程民主主義ではないのであって、 むしろ「派閥政治」であります。
それですから、日本の国を本当に国民の心を主にした政治が行われるためには、 天皇政治にならんければならないわけであります。
『真理入門25章』、谷口雅春著
<以上>
東側の社会主義も、西側の資本主義(民主主義)も、紙の裏表のようなもので、畢竟どちらも唯物論に過ぎないと思う。
西側の資本主義は真に「多くの人々の幸せのために働く」というより、あくまで「自分が儲けるために働く」ことを是としている。
しかし、これはカタチの上では相手に何かを与えているようでも、実際には相手からモノや金や仕事を奪って自分が「儲かろう」としているだけになってしまっているように思う。
そうだとすれば、それは真に多くの人々を幸せにするところの労働ではなく、自分が儲けるための商売に過ぎない。
とりわけ、現在世界中(我が国を含む)を席巻する新自由主義という思想は、目先の利益ばかりを求めて、住宅バブル崩壊(リーマンショック)、ソブリン危機を引き起こし、西側諸国の経済を危機に陥らせ、発展途上国の成長をも阻み、世界を不幸にしてしまっている。
しかし、本来ならば、 資本家は多くの人々を幸せにするために惜しみなくお金を使うべき。
また、労働者は賃上げや生活保護ばかり要求せず、多くの人々のしあわせのために惜しみなく労働奉仕をすべき。
そうすれば、キリストが言った「与えよ、さらば与えられん」の黄金法則に従って、資本家も労働者も必要なものが必ず与え返されるはず。
まず自分が持てるものを相手に豊かに与えてこそ、神の無限供給の扉が開かれるというものだと思う。
しかし、欧米諸国の資本主義(とりわけ新自由主義)は物質(モノ、金)に執着し、まず「与える」ということをしないで、ただ「もらうこと」(奪うこと)ばかり考えて、目先の利益に血眼(真っ赤な目)になってしまっている。
いわば、資本主義の中にも赤い思想(唯物思想)があると言えると思う。
目先の利益に執着し、「まず相手に豊かに与える」ということをしないから、自然流通が滞り、奪い合いが起こり、金融不安が発生し大不況にに陥ってしまっている。
政治においては「民主主義」と言うが、結局は私利私欲を追求する派閥政治に堕し、常に争いが絶えないと言うことになり、「民主主義国」において本当の幸せが実現されているようにはとても思えない。
ソ連や支那のような社会主義や独裁政治には断然反対、西側の資本主義や民主主義の方がはるかにマシだとは思う。
しかし、西側の資本主義や民主主義の価値が至上のものであるかのごとく捉えるのも、大変な誤りであると思う。
西側諸国は表向き「自由」だ、「民主主義」だと言いうが、しかし、実際には心の世界において奪い合いをしているのだから、結局やがては恐慌や戦争など大きな問題を引き起こさざるを得ないのだろう。
社会主義も資本主義も物質に執着しているという点で通底しており、程度の差こそあれ、唯物論に過ぎない。
しかし、そこに来ると日本国は大きく異なる。
見返りを求めずに、ただ相手の幸せのために与える。
誠に畏れ多いが、天皇陛下が常に天爾惟神(てんにかんながら)に生きる道を身をもってお示しになっておられる。
私たち国民もそのような天皇陛下の大御心に中心帰一し自分のことに執着せず、相手の幸せのためにただ与える…
資本家も、労働者も、政治家も、官僚も、庶民も、そのような心になってただ与え合うようになれば、釈迦が言った「極楽浄土」(助け合いの世界)が顕われ、キリストが言った「天に成れる世界」が地上の世界にも成就すると思う。
そのように突き詰めて考えていけば、 結局のところ、やはり天皇国日本こそが至上の価値である。
天皇陛下を国家の中心に戴き
「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し、朋友相信じ恭検己を持し博愛衆に及ぼし」て天爾惟神(てんにかんながら)に生きる。
これこそ、社会主義や資本主義の「唯物論」をも超克した、日本人らしい生き方であり、人間として真に価値のある生き方。
マスコミは、支那がスバラシイとか、欧米がスバラシイだとか言いうが、一体何を言っている?
素晴らしいのは我が日本国。
天皇国日本。
これこそ真に価値のある国家、天壌無窮の真理国家。
日本は支那・ロシア・朝鮮、あるいは欧米の考え方に阿ってばかりいるのではなく、むしろ日本こそが世界に模範を示すべき国家だということを自覚すべきだし、また自国の伝統・文化をもっと誇りに思い、その価値観を大切にすべき。
世界の諸国が天皇国日本の素晴らしさに習おうとしたとき、きっと真の世界平和が実現する。
書くのはおこがましい内容だが、僭越ながら、拙い文面ながら、思うところをそのままに書かせていただいた。