日本人は一億総寄生虫。

アメリカにずっと寄生してきたから、このざま。

アメリカに見捨てられたらもう日本は滅亡。

五十年以上も寄生していたら確実に人間は変わる。コロコロ変わるから「心」という。

戦争直後、夫を戦地でなくして家を焼かれ、子供たちを抱えてどうしようもなくなって乞食をして暮らしていたおふくろさんがいた。それをあわれんだパン屋さんが売れ残りのパンをあげた。

おふくろさんは「ありがとうございます。ありがとうございます。」と随喜の涙を流して喜んだ。

それで次の日も、その次の日もパンを与えたが、たまたま遠くに出かける用事ができて、しばらく行かなかった。

そうして、何日かして顔を見せたら、おふくろさんは「昨日もおとといも、何で来なかったんだ」と言ってパン屋さんをなじった。

最初は涙を流して喜んだそのおふくろさんが…

いったん寄生してしまうと人間はそれほど変わる。

たとえば、「従軍慰安婦」なんて言葉は当時はなかった。第一、戦地に女なんかいない。一人も見たことがない。それに、これは重要なことなんですが、一日行軍したらもう女どころじゃあありません。

三八式歩兵銃を担いで、背嚢しょって、前に四十発、後ろに八十発の弾丸下げて手榴弾持って。行軍終えて荷物を下ろした時には腰にこすれてそれこそ血だらけ。

もう性欲どころか食欲もない。バタングーですよ。そんな状態で女を引き連れていけますか。まして道々片っ端から強姦しながらなんて、冗談じゃない。

たしかに、戦闘の行なわれていない後方基地には慰安婦はいました。けれど、これはどこでもそうでしたが、慰安婦は司令官の給料の何倍ももらっていた。バラバラにならないように軍票を積み上げてヒモでしばって、その一束がちょうどレンガぐらいの大きさになるので「レンガ」と言っていましたが、それを四つも五つも下げていたんです。

それに自由もあった。今日は接客したくないと言えば、飯だけ食ってブラブラしていてもよかった。

「南京大虐殺」だってそうです。南京が陥落したら陸軍のほとんどはすぐに出て行ってしまった。

残ったのは千五百人ぐらいですよ。千五百人でどうやって二〇万人、三〇万人を殺すんですか。

穴を掘るだけだって大変ですよ。そうかといって川へ流そうもんなら、たくさんの遺体が上海までプカリプカリ浮いていく。世界中の報道班が来ているんですよ。大虐殺があったら気づかないはずがない。東京裁判まで、そんな話はまったく出ていませんでした。

日本軍の虐殺行為を撮影したというアメリカのドキュメンタリーがありましたが、あれは日本軍ではない。共産軍です。見落としている人が多いようですが、我々が見ればすぐわかる。日本軍、蒋介石軍、共産軍でそれぞれ脚絆の巻き方、靴が違うんです。私が見た映画で日本軍とされていたのは、すべて脚絆の巻き方が共産軍のものだった。

たしかに軍服と軍帽は日本軍のものでしたが、どんなに欺いてみせようとしても、ちょっとしたところで馬脚を現してしまう。

要するに、慰安婦問題も南京虐殺も、日本が経済大国になってカネができてから韓国、中国が言い出したことです。日本が食うに困るような国だったらそんなことは言わない。カネ狙いの捏造ですよ。だから理路整然と対抗しなければいけない。弁明するんじゃなくて、事実を言うんです。

そんなことよりも、ラバウルには韓国人が三千名、台湾人と高砂族が会わせて二千名、計五千名の私設(施設の間違い?)部隊がありました。

その部隊の長が、このあいだもここを訪ねて来られましたが、あの人たちは天皇の軍隊、皇軍としてラバウルまで行き、大変な働きをしたんです。だから当然、退職金がわりに恩給を支払うべきです。負けて国籍が変わったからって払わないというのは道義に反していますよ。

<以上>

「アメリカの寄生虫」に成り下がった現在の日本を「乞食」と評し、特定アジア諸国(中国・韓国・北朝鮮)との歴史問題は、単なる金銭目当ての捏造と切り捨てるとともに、事実を基に冷静に反論すべきと語る。

一方で戦前に日本に協力してくれた台湾・朝鮮の元兵隊には負けて国籍が変わっても恩給を支払うべきだと主張するのは、坂井氏の毅然とした国家観である。

「自らの足で立ち、是は是・否は否で判断し、恩には礼をもって報いる」

坂井氏は、日本人が失ってしまった精神、これからの日本が進むべき道を示してくれているかな?

大江健三郎などが記者会見し「停止している原発を再稼働するな」と訴えた。

経済生活の立て直しは、たしかに緊急の課題だが、そのために原発の再稼働が必要であるという見解が示されていることに、わたしたちは非常に危惧を覚える。

「経済活動より生命を優先」するなら、大江は、なぜ自動車の禁止を主張しないのか?

福島事故で放射能で死んだ人は1人もいないが、自動車は確実に毎年5000人を殺す。

ノーベル賞の権威と「経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念」をもって、自動車の全面禁止に立ち上がってほしい。

大江には理解できないだろうが、世の中は経済と生命のトレードオフで動いている。リスクをゼロにするには、自動車も飛行機も酒もタバコも禁止し、石炭火力も石油火力も止めなければならない。

原発をこのまま止め続けたら毎年数兆円の損害が出て企業は海外逃避する。

それによって日本は貧しくなり若者の負担は大きくなる。

もちろん、そんなことは大江の知ったことではない。

彼が呼びかけ人になっている「さようなら原発1000万人アクション」というサイトの平均年齢は異常に高い。

先の短い彼らにとっては、もう経済活動なんてどうでもいいやろう。彼らは合理的に行動している。

「賛同人」として宇都宮健児弁護士が名を連ねているのも、とんだブラックユーモア。

過払い金訴訟で消費者金融を壊滅させた弁護士業界の次の標的は原発の賠償。

8兆円の賠償金を取れば、手数料は10%としても8000億円。原発への恐怖が高まれば高まるほど日弁連は儲かる仕組み。

戦後の日本を駄目にしてきたのは、このように原発を止めたら代わりのエネルギーをどうするのかという対案もなしに、情緒的な正義感に訴える万年野党。

それが間違えて権力を取ったらどういう恐るべきことになるかを、菅や民主党は十分みせてくれた。

それもこりないで「広島と長崎の記憶が深く刻み込まれたはずのこの国で、再び核がその猛威をふるうことになった」などと原爆と原発の区別もつかない大江には、さすがに誰もついてこない。

菅の退陣を最後に、こういう左翼幻想にもさようならを言おう。左翼の人には頭がない。

ウィンストン・チャーチル