「いろ(色)はにほ(匂)へとち(散)りぬるを、わか(我)よたれ(誰)そ、つね(常)ならむ、うゐ(有為)のおくやま(奥山)けふ(今日)こ(越)えて、あさ(浅)きゆめ(夢)み(見)じ、ゑ(酔)ひもせず」

その意味は、

「美しい花もやがては散るように、この世に不変ということがあろうか、道理を悟ってこの変化極まりない世間を乗り越えれば、もはや迷いの夢をみることもなく、迷いの世界に酔うこともない」

といったところで、自然界がすべて循環していることを「もののあわれ」としてうたっている。

この「いろは歌」がいつ頃成立したかは定かではありませんが、すべての仮名を一度ずつ用いて日本人の大和心を表しているこの歌は、まさに日本語の妙味というべき。

また、『金光明最勝王経音義』など古文献の一部では、七五調ではなく、七文字ごとに区切って記されているものがある。

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまへふこえて
あさきゆめみし
  ゑひもせす

これを日本語の読み方通り、右から縦に読むと、最初の行は「咎(とが)無くて死す」となり、これも不思議なことに古代の日本人の「今世における一切の罪咎を祓い清め(清算し)てアチラの界に帰る」あるいは「目的を果たすためには命をかけて潔く散る」という思想になる。

日本人の象徴ともいえる桜花も、人々を楽しませてその役割を終えると、潔く美しく散っていく。

「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」 (本居宣長)

(日本の大和心とはどういうものかと人に問われれば、朝日に照らされて麗しく潔く輝く山桜のようなものだと答える。)