昨日、インドネシアのローカル放送で

ジャッキーチェンの「酔拳」をやっていた。

若々しいジャッキーと、懐かしさに、

ついつい観てしまった。


映画の中で、

師匠が敵と戦う事になり、

お酒が無くて、ちょっと苦戦するシーンがある。


そのシーンを観て、

ついいらぬ事を色々と考えてしまった訳だが、



まず、「お酒が無いと強くならない」

ということは、

常にお酒を携帯していないといけない。

イスラム教圏では、誠に難儀する拳法である。


恐らく達人になると、

その辺の安いお酒では満足できず、強くもなれず、

高級な老酒辺りをストックしておかないといけない。

経済的にも負担のかかる拳法である。



そして、「酔えば酔うほど強くなる」

ということは、

敵と遭遇してから飲み始めても、

初めのうちは、まだ弱いので、

酔うまでにやられてしまう可能性がある。

誠に効率の悪い拳法である。


もし本人が、恐ろしくお酒に強かったら、

酔って本領を発揮するまでに、

かなりの時間を要するであろう。

もしかすると、手持ちのお酒では

足りないかもしれない。


そして体調が悪かったとしたら、

一気に悪酔いしてしまう事もあるかもしれない。

ケロケロしてしまったり、

記憶がぶっ飛んでしまったらどうするつもりだろうか。

しょっちゅう戦わないといけない場合、

肝臓への負担も考慮しなくてはいけない。

毎日の体調管理も怠ってはいけない、

誠に厳しい拳法である。



さらに、宿敵、強敵の類との対戦では、

かなりの量のお酒を飲まなければ勝てないであろう。

達人は、いついかなる時でも

戦えるようにしとかなければならない。

そうなると、

必ず考慮しておかなければならない事がある。

“二日酔い”である。

天井グルングルンのゲロゲ~ロぽよぽよ状態で

敵に襲われたら、

いかなる達人といえど、ヒトタマリもないであろう。


常備薬として、ウコンの力を飲むか。

しかし、ウコンの力を飲んですぐに戦う破目に

なったとしたら、また酔うのに時間が掛かる。

肝臓への負担も心配される。

全く諸刃の剣のような拳法である。



だいたい、ベロベロに酔っ払っても戦える人間が

この世にどのくらいいるだろう?

どんなに厳しい修行を重ねたとしても、

その人が笑い上戸だったり泣き上戸だったり、

またはすぐに寝てしまう人だったら、

とてもではないが、酔拳を修得し、

奥義を極めるのは難しいのではないだろうか。


ストレスを抱えている荒れ状態で飲んで戦うと、

ものすげぇ強いかもしれない。



もっと突っ込んで考えると、

酔拳の達人は、歳を取ると、

皆、師匠のように、鼻の頭が常に赤くなるのだろうか。

孫から「おじぃちゃん、お酒臭い!」などと

罵詈雑言をぶつけられるかもしれない。

そんな精神的苦痛に耐えられるであろうか。

老後の心配も考慮しておかなければならない。



人格、精神、体質、内臓など、

考えれば考えるほどに、

酔拳は使う人間を選ぶ、最強の拳法である。

だが、やはり、お酒は楽しく飲みたい。



            永遠のジャッキーファン 長谷川和弘