さくら友蔵「心の武士道」読書会

さくら友蔵「心の武士道」読書会

混迷する現代社会をいかに生き抜くべきか、私はこの答えを日本の武士道精神に求め、実業之日本社の創設者である増田義一氏の著書から多大なる啓発を受けた。ここではその著作物を各テーマに沿って紹介する。
                             

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失敗の原因に対する諸名士の回答
 

 米国の教訓家ウィルバー・クラフツ博士は、かつて失敗の原因について米国の諸名士に質問を発したことがある。それに対する答えは大略次のごときものであった。ハーバード大学総長エリオット博士は『愚昧(ぐまい:おろか)、懶惰(らんだ:なまけ)、粗暴、不正直』等を失敗の原因に数えてきた。ダートマス大学総長バートレット氏は『主義、確固たる目的、忍耐等の欠乏である』と答え、ボストン大学のホーマー・B・スプラーグ教授は『成功とは純正高雅な人格的訓練及び発展であることを閑却して、ただ自己拡張を主眼とする下劣な理想がすなわち失敗の原因である』と答え、H・M・デクスター博士は『用意の不十分なこと、確固たる目的なきこと、正義と真理とをもってすれば必勝すべきことを確信せざるによる』と答えた。
 

 代議士ダーウィン・R・ゼームスは『生涯の終局と目的に対する謬見(びゅうけん:間違った見方)である。多数の人は平板な勤勉正直の道をたどりゆくことができなくして、ややもすれば他人に先んぜんとして誘惑に引っかかるからだ』と答え、知事セント・ジョンは『懶惰と不節制』とを挙げ、アレキサンダー・H・スチブンスは『不規律、不正直、不信実』の三点を挙げ、アントニー・カムストックは『汚れた生涯、不正直の手段、淫蕩(いんとう:みだらな享楽にふける)、不節制、分際に過ぎた生活をなすこと』と答えた。検事総長某氏は『収入以上の生活をなし、借金にて投機を始め、且つ最下級より漸次に叩(たた)き上げることを退けること』を失敗の原因として答えた。いずれもみな抽象的な文字で簡単ではあるがすこぶる要領を得ている。アメリカの失敗者も日本の失敗者もその原因においては共通の点が多い。

 

 失敗者の分類
 

 わたくしは失敗者が失敗したる原因により、大別して十五種となし、逐次簡単にその要点を述べてみようと思う。もちろん十五種以外にも多々あることは疑いを入れぬけれども、比較的もっとも多いのを列挙するのである。天災のために失敗するのはもとより例外である。


(一)意志薄弱のために失敗す
 

 学識もあり手腕もあり、しかも相当に思慮ある人物で失敗する者がある。よく調べてみると、断るべきことを断らないで承諾したために、その累を被って打撃を受けたのである。たとえば新設会社流行の時代に知人に勧誘されるまま、断りきれずしてその株式を引き受けたるために、後に至ってその事業は失敗し、株式は無価値となって多大の損害を被りたるがごとき、あるいは友人から約束手形の裏書または借金の保証人に頼まれて、断りきれずして承諾したるために、友人の失敗とともに自己もまた迷惑を背負い込むがごとき、それがために失敗したものは少なくない。あるいはまた諸種の誘惑に対し、これを拒絶することできないためにその捕虜となって失敗するのである。事柄の利害得失是非善悪は分からないのではなく、よく分かっていてつい引っかかるのであるから、まったく意志薄弱のためである。この点から考えると意志が弱いために失敗する人はもっとも多い。


(二)虚栄心のために失敗す
 

 無いものをあるように見せ、実質以上に高く表現したいのは虚栄心に富む人の常である。知識や学問の少ないのを多くあるように表示せんとし、財産の無いのを金持ちであるかのごとく見せようと苦心するのであるが、一時を糊塗(こと)しても、メッキであるから地金が現れるとともに往生のほかはない。これらの人々は借金でやりくりしているうちに、行き詰まって破たんを生ずるのである。身分不相応な贅沢(ぜいたく)をして交際場裏へ出入して表面を飾っていたが、数年ならずして窮境に陥り、ついには高利貸しの厄介となり、その極没落してしまうのである。元来虚栄は虚偽の生活であるから、自然口にもうそを言うようになる。うそは一種の罪悪であって、身を滅ぼすの基である。心にもないことを語って体裁を飾る人は実に哀れむべきで、その末路知るべきである。世上虚栄心のために失敗した実例はきわめて多い。


(三)事業上の知識欠乏のために失敗す
 

 事業を経営する者はその事業に関して全般の知識あるを必要とする。ところがその大切なる知識が欠乏せるため、意外な損失を被るのである。単に有望有利という説明を信じて、それに投資しあるいは従事してみるが、実際は計画どおりに好結果を上げ得ない。石川舜台(しゅんたい)氏は宗教界の傑物であって、事業や鉱山に手を出してみるとみな失敗してしまったのも、塩谷方国(ほうこく)中将が大日本水産会社の社長となって失敗したのも、みなその事業に知識がないからである。掘親篤子(ほりちかあつし)が千代田銀行並びに同貯蓄銀行の頭取になって大失敗し、ついに華族の礼遇停止となったのも、銀行に関する知識の欠乏からである。往時士族の商法と言ったのはすなわちそれで、この種の失敗は累々として数えきれぬほどである。


(四)自己過信のために失敗す
 

 自信と自負とはもとより必要であるけれども、うぬぼれと誇大妄想は慎まねばならぬ。自己の実力を理解せずして、あまりに己を信ずるために力不相応の仕事をなし、あるいは業務を過度に拡張して収拾すべからざるに至り、その結果ついに失敗したものがすこぶる多い。且つまたうぬぼれ強い人は他人の扇動に乗りやすい。それがためにとんだ失敗を招いたものが少なくない。ドイツのカイゼルが欧州大戦を引き起こして失敗したのも、自己過信の結果である。彼はかつてドイツ西国境の要塞落成式の演説において『朕(ちん)は汝(なんじ)をヘスレル要塞と命名す。朕は西方の敵に対してドイツの勝利を防御すればなり』と言い、あるときまた『朕は将来に向かってなんら恐れるところなし。朕は朕の計画が必ず成功すべきを確信す』と言って、暗に世界征服の妄想を漏らしていた。その自己過信が彼をわざわいして大失敗に陥らしめたのである。尊大ごう慢態度をもって事に臨む人などは大いに警戒せねばならぬ。


(五)部下過信のために失敗す
 

 従来の失敗者中には部下を過信して、あまりに任せきりにしたために、部下が損害を隠ぺいしたり、あるいは使い 込みしたり、大きな穴を空けておいたのも知らずに、放任せしために失敗した人も少なくない。すなわち人を見るの明と、部下を監督するの注意を欠きたるために不覚を取るのである。酒匂常明(さかわつねあき)博士が大日本製糖会社々長として、同僚や部下が贈賄その他種々なる不正事件を行ったことを知らずに、信用していたのであるが、ついに破たんを生じて株主に大損害をかけたというので、責任上自殺されたのもまったく同僚部下を過信したためであった。わたくしの知っている人で部下を過信したために、その部下の不正から失敗を招いたのがたくさんある。もとより部下を疑うのは悪いが、しかし監督は必要で且つ過信は慎むべきである。


(六)酒色のために失敗す
 

 青年時代の失敗は十中八九は酒色のために失敗するのである。世上幾多の青年はそろいもそろってみなこの過ちに陥るのは同情に堪えない。青年血気戒むるは色にあるけれども、ついに色欲の奴隷となって身を持ち崩し、心を女のために奪われて、仕事に対して精神を集中することができなくなり、執務しながら女のことを考えているために、往々過誤を生じたり、能率が増進しないで、長上からは信を失うに至り、諭旨免職となったものはたくさんある。その甚だしきに至っては酒色の金を得んがために友人に迷惑をかけて不義理をなし、さらに進んで銀行会社あるいは主人の金を使い込んで破滅の域に陥ったのも少なくない。これらの失敗は絶えず新聞紙の三面記事となって現れている。克己心がないから抑えることができないためで、あたかも自ら穴を掘ってその中へ飛び込むようなものである。


(七)奢侈のために失敗す
 

 乱費ほど愚なことはないが、しかも奢侈(しゃし)贅沢のために失敗したものは、滔々(とうとう:すべて一様に)としてこれあるのが事実である。収入以内の生活ができないで、負債を起こしてまでも贅沢するのはその愚や遠く及ばないが、親譲りの財産十分あったものが、奢侈乱費にふけてついに家産を蕩尽(とうじん)して失敗したのはこれまた少なくない。英国の大政治家チャールス・ジェイムス・フォックスさえ晩年無鉄砲な乱費贅沢に流れ、奢侈豪奢(ごうしゃ)をきわめ、身分不相応な借金のためについに失敗してしまったのであるから、世上この種の失敗者多きも怪しむに足らない。


(八)観察判断の過誤より失敗す
 

 商売や事業上で見込み違いのために失敗したのはすこぶる多い。これはすなわち観察と判断とを誤ったためである。いたずらに新設会社を起こして失敗した連中や、その大株主となって失敗した人々も多くはこの仲間である。時勢の変遷や物品需給の観察を誤り、常に柳の下にどじょうがいると思って、失敗したなどはみなそれである。観察と判断を誤るのは知識の不足もあるが、多くは常識の欠乏である。常識が発達しておれば見当違いはまず少ないのをふつうとする。見込み外れの連発などは常識欠乏の暴露である。


(九)懶惰(らんだ)と無責任のために失敗す
 

 過失もなく無能でもないのに解傭(かいよう:解雇)される人について調べてみると、懶惰によるというのが原因である。また有為の材があり重宝で間に合う男が免職されるのを調べてみると、無責任で困るというのである。独立自営業者でありながら自己の業務に懶惰なるために失敗し、また他へ対して約束を守らず無責任で当てにならぬために失敗を招いたのがいくらもある。ベルギーの都会ガンという所にかつて一人の乞食があった。骨の中に病気があってそのために全身が衰弱し、労働に堪えないというのを口実として、毎日人の家に哀れみを請うていた。あるとき市の役人がこれを疑ってこの乞食について種々詰問したら、ついに白状して『わたしは骨の中に病気があって自由に働けませぬ。その病名は怠惰病と申します』と言ったというが、懶惰のために乞食になったのである。わが国にもこの怠惰病のために失敗した者がたくさんある。


(十)焦慮と軽率のために失敗す
 

 成功を急いであまりに焦ったために失敗した人も少なくない。焦るために無理が多い。渋柿を取るように熟するのを待ちかねて、それがために失敗するのである。早く成功したいと思って、事業ならば急激に大拡張するとか、信用を極度まで利用するとか、ついには目的のために手段を選ばないようになるのである。堅実な進み方では日暮れて道遠しなどと誤解して、それがためにはついに軽率にもなり、結局無理だから失敗するのである。また焦らなくとも軽率のために熟慮もせず、十分調査研究もせず、軽々に処断するために意外な失敗を招いたものも甚だ多い。性急なる人などはとかくこの部類へ入る人で、後悔先に立たずと悔いる人である。失敗は当然と笑われても仕方がない。


(十一)手を広げ過ぎたために失敗す
 

 調子に乗りすぎてむやみに手を広げ、それがために失敗したのは、時計商吉沼又右衛門(またえもん)氏、横浜の茂木惣兵衛(もぎそうべえ)、安部幸兵衛(こうべえ)両氏始め、その他実例枚挙にいとまない。吉沼氏は自分の失敗の原因は本業のほか、各種の事業へ手を出したためですと自白したが、この類はけっして吉沼氏のみでない。茂木氏もその一人で、諸方から勧められて手を広げるのもあれば、自ら進んで八方へ手を伸ばすのもある。そのいずれたるを問わず手を広げすぎるのはすでに堅実味を失っているから、一方が破たんし始めると収拾すべからざるに至り、ついに失敗するのである。


(十二)るる転業して失敗す
 

 適材適所を得ないために転業するのはやむを得ないが、しかし諸方に転々してさらに適所を得ず、執着心がないために一ヶ所に永く辛抱ができずして失敗する者少なくない。履歴書を見てあまり諸方を転業した人は信用がない。種々の商売替えをしてついに惨敗するのも、執着心なきためで、飽きやすいから失敗に見舞われるのである。一二年経過して会うごとに名刺の肩書きが変わっている人は、ついに落伍者となるであろう。


(十三)放漫不規律のために失敗す
 

 規律も秩序もおかまいなしで、万事放漫に流れ、無謀無成算、正確に帳簿さえないという豪傑流を通り越して失敗した人もある。中には自己の事業でなく他人の金を集めた株式会社の経営者にかかる類似のものがあった。しかもそれがわたくしの知っていた人の某会社であるから実にあきれた。世の中には小説以上の事実があるが、これらもその一つだ。失敗の種類数えきれぬのも不思議ではない。日常生活があまりに放漫不規律な人は、執務上にも同一結果をもたらすから、かかる性質の人こそ危険である。


(十四)投機のために失敗す
 

 俸給生活者としては衣食に窮する程度でなく、また独立経営者としてはその事業が不振でもないのに、失敗したというから何が原因かと調べてみると、株式や米相場に手を出して失敗したのである。投機は労せずして一攫千金を得んとするのであるが、世の中にこのくらい危険なことはない。漁夫は海老(えび)で鯛(たい)を釣るが、実業界では百金を投資して直ちに千金を獲得する道がない。働かずして大金を得んと欲する動機それ自身がすでに悪いから、失敗は当然の帰結である。投機と成功とはその距離がもっとも大なるもので、富を得んと欲して投機に手を出すのは、あたかも肉をくわえる犬が、水上に己の姿の写れるを見て、その肉を得んとして吠えるがごときもので、くわえる肉をも失ってしまう。


(十五)不正行為のために失敗す
 

 収賄したり、不正品を売りつけたり、詐欺横領を行って失敗した人もある。不正行為そのものはすでに失敗であるからそれをなして失敗するのは当然すぎる当然である。ワイロは暴露せまいと思ってひそかに受けるのであるが、収賄したという事実があれば、いつかは現れずにはいない。現れても差し支えないことだけ行って世を渡る覚悟がなければ危険である。噴火山上に舞踏するがごとき愚はなんぴとも避けねばならぬ。押川則吉(おしかわのりよし)氏が製鉄所長官時代に収賄してついに自殺したるがごときは不正行為失敗の一例であるが、自殺せざるまでも収賄のために名士が失脚した事実は軍艦製造に絡まるシーメンス事件といい、復興局疑獄事件といい、松島事件といい、東京市会議員の板舟事件といい枚挙にいとまない。
 

 世上累々たる失脚者の跡を見ると、みな自己精神の欠陥である。自己精神さえ完全であればけっして失敗すべきものではない。失敗を避けんと欲する人は三度思いをここに致すべきである。

失敗的可能性の人のために
 

 

  世の中には成功を望む人は非常に多いが、その割合に成功する人は少なく、失敗を嫌う人のみだが、しかもかえって失敗する人が多い。その名現れるに至らずして失敗するもの多数であるが、ようやくその名揚がって後失敗する人も少なくない。また相当に盛名をはせた人物で失敗するものもある。なんぴとも自己の知人を考えてみるときに、失敗した人を発見するに苦しまぬであろう。ことに近年経済界の激変とともに、社会の状態が著しく変化したために、失敗者が多いようである。青年にしても往時よりは誘惑も多く、堕落しやすき設備と機会とが激増しているから、したがって失敗しやすいのである。わたくしらの学生時代にはカフェもなければ、現時のごときバーもなく、活動写真もなければ、ダンスもなく、いわんやステッキガールをやだ。また女事務員もなければ、女店員もほとんどなく、女学生も極めてまれであった。したがって若き婦人に接する機会もなく、芝居か寄席のほかは公開する享楽的設備もなかった。青年男女の交際もなく、今から見れば殺風景な社会であった。
 

 既往をもって現在を律するのは必ずしも正確でない。ことに時勢が異なり社会が変わっている以上は、その間大いに斟酌(しんしゃく)して考えねばならぬ。時代に適応して同情的に批判する必要もある。時代を了解せざる頑固な頭脳をもって、新人の失敗を酷評するの愚は避けねばならぬ。わたくしはこの見地から失敗者を取り扱うつもりであるが、それにしても失敗者にはその性質種類千差万別である。『彼らはなぜに失敗せしや』と提案してその原因を探求すればもとより限りもないが、これを大別すればおおよそ十五種類になる。前車の覆るは後者の戒め、まさに失敗せんとする人のためにはもちろん、失敗的可能性に富む人のために些(いささ)か参考に供したい。

大才を養う者は着眼遠大なれ
 

  

  着眼の遠大なることがまた大才の修養に必要である。政治家でも実業家でも着眼の卑近なる者は前途の観察を誤り大事をなす所以(ゆえん)でない。ことに大実業家の実例から帰納して考えると大才ある人は常に炯眼(けいがん)で、時運を見ること鋭敏で達観的で、かつ実行に大胆で、度量が広かつで徹底的である。すべて薄っぺらで放りぱなしで近視で、神経質で場当たりで軽率な人には大才がない。かつてペンシルバニアに石油が湧出するや、世人は争って油田を手に入れんとして続々出願した。ロックフェラーもまた油田を視察し、その光景を見て直ちに考えたのは、石油をくみ出すよりはこれを精製加工する方法を発見した上で油田を買えばさらに莫大の利益ありと。さすがに着眼が遠大である。果たして製油法発見後、彼は油田を手広く買収して巨富を作ったのである。

大才の人は用意周到
 

 大才というはあるいは大雑把(大ざっぱ)のごとく誤解されるかもしれぬ。しかし大才の人は用意周到で、何事に対しても万に違算なきを期し、小事をゆるがせにせぬ。三菱汽船会社の商船がかつて某所で沈没したとき、船長責めを負って辞表を提出した。社長岩崎弥太郎氏はその船長に向かい『ナーニ海運業で船を沈没させるに不思議はない。しかし船員の用うる筆墨紙のごとき小さなものをむだ遣いせぬよう注意してやってくれ』と言ったという。弥太郎氏のごとき大才の人にしてなお小事をゆるがせにしなかったところに、味わうべき点がある。また撃剣の名人塚原卜伝(ぼくでん)が往来のまん中に馬がつないであったとき、卜伝は遠くより道を避けて通り抜けた。弟子たちはこれを見て先生は卑怯なりと言って、卜伝にその理由を聞いた。卜伝は『馬は元来跳ねるものと決まっている、だからこれに近寄らぬが最上の策である』と言ったという。「撃剣の奥義は風に柳かな」で、些々(ささ)たることにも用意の周到なるところに大才が発揮されるのである。古語に蟻(あり)の一穴というのも、小事が大事を破るの危険を戒めたものである。大功を立てる者は細瑾(さいきん)を顧みねばならぬ。大事を成す者は細事にも用意が周到でなければならぬ。

大才の人は正直


 小才の人は小策をろうして到底大事を成し大業を経営することはできぬが、大才の人はけっして策などをろうするものでない。英国の一外交家が新たに使節として外国に派遣されるとき、ウェントウォルツ伯に向かい『使命を奉ずるに当たって自分の名誉を保つと同時に自国の光栄を進める方法は何でありましょう』と問うたとき、伯は『それはいかなる場合にも虚言を吐かぬがよい、虚言を吐くときは人はけっして貴君を信じない。貴君はそれがためにかえって面目を失し恥辱を被るの恐れがある』と。権謀術数をもって外交の秘訣のごとく心得る者は小才の外交官たるを免れぬ。信用を貴ぶ実業界においてはなおさら正直であらねばならぬ。虚言を吐く人、不正直な人は部下の心服を得ない。大才の人は正直が最善の政略なることを徹底的に呑み込んだ人であることを忘れてはならぬ。大才をもって大策士と思うは大なる誤解である。


大才を養う者は剛毅なれ
 

大才を修養せんとする者は剛毅闊達(かったつ)なることを努めなくてはならぬ。イタリアの大宰相となったクリスピーは青年時代にブログレッソという新聞の一記者であったとき、わずかな月給で粗末な下宿にくすぶっていたが、志は天下国家にあり、紙上常に保護の論を掲げ、気炎虹のごときものあった。当時イタリア建設の英雄カブールは威勢隆々並ぶものなかったが、一日クリスピーに『君の新聞の論調をわたしの希望どおりに改めてくれぬか』と申し込んだとき、クリスピーは『カブール閣下よ、閣下は新聞記者をもって靴の職工同様に心得られるか』と答えて拒絶した。クリスピーの剛毅なる精神は遠大なる抱負を背景としただけに毅然(きぜん)たるものがあった。また大久保甲東は維新の元勲であるが、彼に反対する保守頑迷の徒が彼を暗殺せんとねらっていた。友人らは外出には護衛を付けよと勧めたとき、大久保は断固としていわく『甲東たるの面目を全うして刺客のために倒れるならば、必ず第二第三の甲東が現れるに違いない。ゆえに死もあえて辞するところでないが、もし甲東たるの体面を汚していたずらに死を恐れ余生をむさぼるようであったならば、第二第三の甲東はいかにして出現するであろうか』と。彼が一死を賭(と)して面目を尊び、その面目をもって後世を指導せんとした剛毅の精神は確かに才の遠大なる所以(ゆえん)を示している。明治十一年彼が島田一郎のために暗殺せられたるも、彼の経綸は着々として行われ、刺客さえもかえって彼を暗殺したのを後悔したというのは故なきにあらずだ。

天下一等の人たるを期せ
 

大才を養わんとする者はまず天下一等の人たるを期せよ。貝原益軒いわく『志を立つるは大にして高きを欲し、小にして低きを欲せず。小にして低ければ小成に安んじ、大にして高ければ大成を期す。およそ事は上を学んで中に至り、中を学んで下に至るものなり、ゆえに天下一等の人たるを志すべし』と。わたくしは青年学生に向かって必ず天下一等の人たるをもって鋭意奮励せんことを望む。如何(いかん:なぜかというと)となればビーコンスフヒールドの言いしごとく『偉大なる精神をもって汝の精神を養え、英雄たらんと欲するはすなわち英雄たるの階梯(かいてい:はしご)なり』というのは真理である。ゆえに決意して自らに任ずれば幾分かずつその決意は実現されるものである。ただ英雄を気取って英雄たらざるは醜く、あたかも虎を描いて猫に類するがごとくである。これ天下一等の人たるを期し、そうしてこれに相応する修養を怠るの罪である。

第一人者たるを期せ
 

  いやしくも男子と生まれてきたからには、国家のため、人類社会のためになくてはならぬ人物となるべきだ。理想とし抱負としては、いずれの方面においても、すべからく第一人者たるを期すべきである。いかなる事業においても、いかなる方面においても、ある一事に対しては、天下この一人をおいて他に人なしと言われるくらい、重んぜられる人物となるのである。これこそかけがえのない真の大成功者である。わたくしの唱える第一人者は、必ずしも大臣たり、大将たり、大実業家たり、大学者たり、大発明家たり、大教育家たれというのではない。従事する仕事と、居るところの地位はなんでも構わない。その担任せる方面において第一人者たるを抱負として、それを実現するに最善の努力をなし、飽くまで達成せんことを嘱望するのである。
 

  佐藤一齊(さとういっさい)は『志を有する者の要は、まさに古今第一等の人物をもって自ら期すべし』と言い、貝原益軒は『志を立つるは大にして高きを欲し、小にして低きを欲せず。小にして低ければ小成に安んじ、大にして高ければ大成を期す。およそ事は上を学んで中に至り、中を学んで下に至るものなり、ゆえに天下一等の人たるを志すべし』と説いた。米国のマーデンは『青年にして自ら居るところ大なるものがあり、自ら十分の決心を持し、十分の胆力を持っているならば、君らの行くところには必ず君らを待っている協力者がある』と言ったが、いずれもみな玩味すべきことだ。傲慢(ごうまん)は甚だ悪いが、しかしなるべく自ら高く標置すべきであって、己を低く卑しむことは禁物である。

大志を抱く人は大才を養え
 

 

  以上のごとく同じく大志を抱くにしても、最初より大志を抱くものと、中頃より漸次大志を起こすものと二種あるが、現今のごとく社会の組織秩序の成立している時代にはすこぶる事情を異にするといえども、なんぴとかが現在の事業を継承しさらにこれを大成せねばならぬのであるから、いやしくも高等な教育を受ける者は最初より大志を抱くがよい。しかし世の中に出て直ちに大志を振り回し、軽率にこれを口にするときは誇大妄想狂と誤解され、謙遜の態度がなければ一種のほら吹きと嘲笑されてしまう。大志を抱けというはいたずらにこれを振り回せというのでない。大志に相応する大才を修養せよというのである。大才なくしていたずらに大志のみではなんの成すところもない。また大志を抱いたからとて些々(ささ)たる仕事に就かれぬというのではない。志は遠大にあるも、これを行うは低きよりすること秀吉の草履取りよりしたると同じ覚悟でなくてはならぬ。そうして現在すでに社会に出でて諸方面に活動せる有為の人々は漸次に大志を起こし大才を修養するの要あることは言うまでもない。

大志を抱く二種の人物


 時代の相違からいえば今の青年は昔時よりもいっそう世界の大勢という大局に着目する必要が多くなった。したがって現代は人物の大を要することいっそう切実に感ぜられるのである。そうして今かえって大才の人が昔時に比して乏しき感あるは憂うべき現象である。
 

 大才は大なる人物の所有物である。大なる人物となるには志が遠大でなくてはならぬ。志小にして大事業をなした人はきわめて少ない。志を遠大にするについても、最初より大志を抱くものもあれば漸次大志に進むものもある。孟子のごときは最初より大志を抱いた者で『舜何人ぞ、我何人ぞ、舜も人なり我も人なり』という自覚の下に修養し来ったのである。またカーライルのごときも青年時代にその文章がいまだ世に認められず、衣食に窮していたが、彼は少しもこれに失望せず、『我けっして時代に媚(こ)びず、時代をしてわが前に跪座(きざ)せしめん』と豪語したが、ついに彼の文章思想は永久に朽ちざるものとなった。
 

 はじめよりさまでの大志を抱いていなかったが、地位の進むに従い漸次大志を起こしてついに大人物となった者も少なくない。豊臣秀吉のごときも最初織田信長に仕え、草履取りを勤めていた時代には、天下を取るの志はなかったであろう。また徳川家康にしても最初から豊臣の天下を自己の掌中に握ろうとは思っていなかったろう。地位境遇の進むに従い漸次に大志を抱き大望を起こしたのであろう。石油王ロックフェラーのごときも日雇い農夫たりし少年時代には、『自分も一生のうちに一度は雇い人たる境遇を捨て地主となってみたい。せめて十万円位の身代は持ってみたい、自分はたとえ愚かであろうとも、一心に働いたら思う十分一位は遂げられぬことはあるまい』と決心し、以来猛然として仕事に精勤し、貯蓄を力行したという。これが石油で成功し巨額の富を作ったのに顧みれば漸次に大富豪たらんとする野心を起こしたに違いない。