さくら友蔵「心の武士道」読書会 -2ページ目

さくら友蔵「心の武士道」読書会

混迷する現代社会をいかに生き抜くべきか、私はこの答えを日本の武士道精神に求め、実業之日本社の創設者である増田義一氏の著書から多大なる啓発を受けた。ここではその著作物を各テーマに沿って紹介する。
                             

昔の学問と生活本位の学問
 

 

  三十年前の青年学生は概して国家に対し献身的精神を持ち治国平天下を志としておった。したがって天下国家をもって任ずる気概の青年すこぶる多く、粗笨(そほん:雑でまずい)であったかは知らぬが、大志を抱いて大才を養わんとした。ゆえにその学問するや国家のために尽くす意気込みをもってするものが多かった。ところが今の学生は単に生活のために学問するものが多いようである。もとより生活は人間の根本問題であって、生活せずして何事もできるものでない。ことに生存競争が激しくなった今日、生活問題を考うるは自然の勢いであるから、わたくしは必ずしも生活のために学問するを否定するものではないが、その生活をして深き意義あらしめたいのである。ただ生きんがためにする生活はいわば小成に安んじて利己にのみ走る低き意味の生活的学問となりやすい。わたくしはこれを遺憾とするのである。世の中に人間の干物はない。単に生活するだけならば必ずしも高尚な学問を修める必要はない。生活本位の学問はいたずらに目前の利害にのみ走る小才子を養うこと多く、大人物を出すことが難い。これわたくしの今の学生に対し警戒を促したい所以(ゆえん)である。

時代の痛切なる要求
 

往昔一孤島であったわが日本もいまは世界の三大強国となり、東洋における大帝国となって、しかもすべてが世界的に大きくなってきた。ことに実業上においては既往の小仕掛小規模の経営を脱して漸次に大仕掛大規模の経営に進まんとしつつある。現在成立している同種類の事業は早晩大合同の時機に到来するは明らかである。したがって大事業を経営し世界的に活動する大才の人物を要求することは今後ますます痛切となるであろう。ワシントンが『上位は常に空席なり』と言ったのは正しくわが国の現状に適した名言で、いまは有為の青年が大いに修養して来たるべき活動時代に備える好機と言わねばならぬ。


新時代における成功の要素


成功の原則もしくは要素としては、時代によって必ずしも変化するものではないが、しかし根本精神において同一であっても、その表現の仕方が時代の進歩によって変わることがある。たとえば過去においては考えられざりし奉仕的精神のごとき、あるいは創造の力を尊ぶがごとき、あるいは常識を重んずるがごとき、往昔の日本には想像だも及ばざりしことであろう。そうしてそこに新味が発見されるのである。
 

新時代の成功に必要なる要素は、第一健康、第二常識、第三精力、第四克己、第五誠実、第六創造、第七奉仕、第八努力である。熱心は精力の集中であり、情欲や愛欲の統制や忍耐は克己であり、意思の強固もまた克己と努力とによって表現される。正直は誠実の内容であり、親切は奉仕の中に包含される。勤勉や奮闘は努力の別名である。成功に必要な要素はみな以上の八項目は含まれていると思う。

成功に対する謬想(びゅうそう)


 上述せるごとき真の成功の意義を了解せぬ人は、なんでも成功は金を儲(もう)けることのごとく考え、且つ目的を達するためには手段を選ばざるごとくに思っている者さえある。これは大なる間違いでとんでもないことである。また青年中には成功を非常に困難なことと最初からあきらめて、小成に安んじ、人生を享楽の場所のごとく考え、それもきわめて低級な享楽にふけることのみを願う者もある。人と生まれてきて富を作ることも実によいことである。各人富まなければ国家衰弱してしまう。それでもその富を作る手段方法が正しくなくてはならぬ。何事をなすにも誤ってはならぬ。目的がいかによくてもそれを達成する方法が悪ければ断じて排斥せねばならぬ。これは成功を思う者のまず第一義であることを覚悟して欲しい。
 

 青年中には成功を卑しむ者がある。それは成功の真意義がわからないためであって、すなわち自己想像の謬想から来るのと、いま一つは他人の成功を呪う嫉妬心や卑屈心から来るのである。さらにまた共産主義のごとき破壊思想から成功に反対する者もある。この共産主義から来る破壊思想その物は根本的にまちがっているゆえ、かかる危険思想は撲滅せねばならぬことは多弁を要せぬ。『ナニ成功か、陳腐だ』などと言って、悪口を言う青年は、前途に目標のないその日暮らしの連中で、その日を楽しめばよいという浅慮の人である。わたくしもよい意味においてその日を楽しむならばしごく賛成だが、しかし将来の目的に向かって、向上発展を図るの気概がないようでは賛成できぬ。

成功の意義を誤るなかれ
 

 成功といえば世間ふつう立身出世したとか、巨富を作ったとか、たいてい表面に現れた名誉か、物質上のことのみに解釈する者多いが、これは世俗のいわゆる成功でいまだ真の成功とは言われぬ。名誉の地位とか、立身出世とかいっても、その程度がわからない。また巨富を作ったといっても、その富の程度が幾ばくから成功と称すべきか、判然しないゆえ、発展したとは言われるが、真の成功とは言われない。
 

 真の成功はまず人間としての個性の完成である。そうしてそれが模範的人物となり、人に感化を与える人格者となり、他にかけがえのないりっぱな人物となるこそ成功したと言われうるのである。
 

 以上の見地から批判すれば、無名の人物中にもりっぱな成功者あることは疑いを入れぬ。たとえば小学校教員としての成功者、巡査としての成功者等必ずあるに相違ない。いずれの方面においても個性が人間としてりっぱに完成し、そうして他の模範となり、感化力を有していて、かけがえのない人物ならば、わたくしは真の成功者として尊敬すべきであると思う。
 

 成功の意義を右のごとく解釈すれば、いかなる職業の人でも成功者となりうるはずである。ゆえに成功を鼓吹することは、思想善導の上にもきわめてよいことで、現代のごとく徳義退廃し、責任観念弛緩したる社会にあってはいっそうその必要を痛感するのである。しかし世俗のいわゆる成功でも、その手段方法さえよろしければ、結構なるはもちろんである。

柿の熟するを待て
 

 

  功を急ぐとむやみに焦り出す。焦ると無理がある。そこに危険が伏在するのである。何事も機の熟するを待たねばならぬ。渋柿を取るがごときは愚の骨頂で、時を待てば渋が抜けて甘くなる。ところが柿が青いうちに取って、渋いと怒ったところで、柿の罪ではない。物の自然を無視した方の罪である。
 

 機会は必ず来るもので、それが直ちに到来するか、あるいは遠い将来に来るか、きっと好機到来するものである。運は寝て待てということわざあるが、あれは間違いで『運は練って待て』の誤りである。すなわち心を練り業(わざ)を練って、待っておれという意味である。運や機会は怠慢な人に来るものでなく、絶えず鍛錬努力している人に到来するのである。
 

 英雄閑日月ありというが、焦る心を打ち捨てて、静かに機会を待つ心境を語ったものと思う。兵学者山鹿素行はいわく『時のいまだ到らず、機のいまだ熟せざるに焦りて、業(わざ)を成就せんとするときは、わざわい必ずここに生じて身滅ぶ。身よく兵法を正しく守り、堅忍功を積んでおもむろに謀らば、必ず天より命じ与うるの日あり、強いて人力をもって成(じょう)ずべきにあらず』と。これすなわち待機の姿勢を説くとともに、焦燥を戒めたものだ。

自重四十年にして天下を取る
 

 実力なくしてただ時運到来を待つのでは、なんら待ちがいないけれども、実力才幹兼備して自分の出る幕の来るまで、何年でも隠忍自重して機会到来を待つ根気者は、必ず好運に乗ずること疑いを入れぬ。わが国の歴史上でその根気者の随一は徳川家康であろう。家康については学ぶべきことは少なくない。彼は少時から逆境育ちで、織田家に寄寓(きぐう:仮住まい)すること二年、今川家に食客となること十年、今川が倒れたときはじめて独立して三河一国を平定した。彼のやり口を見るに機会に対してあまり積極的攻勢を取らなかった。三河を平定しても尾張には織田がいる。それを相手に戦うのは暴だと考えてしばらく隠忍した。すると織田が本能寺で倒されはじめて家康の乗り出すべき時機が来た。しかし信長の後には豊臣秀吉という人気者が控えていたので、なお侵略的に出ることを差し控えた。ところがある事件から秀吉と戦わねばならぬはめに陥り、やむを得ず小牧山で一戦を交えたが、幸い家康の勝利に帰した。これが独立以来二十三年目で彼の四十二才のときであった。
 

 秀吉と講和して天下の大勢は家康にすこぶる有利となったが、彼はなお隠忍自重して、政治はことごとく秀吉に委任し自ら傍観の地位に立ってひそかに実勢力を握るに至った。けれどもなおしばらく自重し、慶長八年に至ってはじめて征夷大将軍の宣下を拝した。時に六十二才であった。家康のごときは実力才幹あってなおかつ功を急がざることかくのごとく、しかも隠忍自重すること四十年にしてはじめて天下を取ったのである。時勢は異なるも功を急ぐに敗れやすきこと今も変わりはない。いずれの方面に働く者でもこの真理は記憶すべく、家康の隠忍自重したる精神は、大いに味わってもって教訓の資料とすべきである。

成功に近道はない


 学問芸術はもちろん、いかなる業務にあっても一朝一夕に真の成功は期し得られない。相当の歳月を要するもので、努力の蓄積なくして成功したるを聞かない。富を得るにしても、僥倖(ぎょうこう)で富を獲得する者絶無とは言わぬが、きわめてまれであって、けっして範とするに足らない。致富の近道は投機にありと考えて、一攫千金を夢見、米や株の相場に手を出して、失敗する者多きは、世人のよく熟知するところである、。世の中に濡れ手に粟をつかむようなことはないものだ。急がば回れ瀬田の長橋で、急いで危険な道を通るよりも、坦坦(たんたん:平らな)たる大道を行く方がかえって早い。待てば海路の日和(ひより)で、なにも一日二日を争って、海上風波の危険を冒すの必要はあるまい。『急がずば濡れざらましを旅人の、後より晴るる野路の村雨』で、いずれも躁急(そうきゅう:さわぎ急ぐ)な人を戒めたものである。
 

 人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし、急ぐべからずとは、徳川家康の遺訓であるが、西諺(せいげん)もローマは一日にして成らずと教えてある。急ぎの手紙は、ゆっくり書けと古人は言ったが、あわてて書くと誤字やまちがいがないとも限らぬ。そうして手紙は必ず読み返して、しかる後に封ずべきものだ。
 

  成功を急いで職業をしばしば変更し、あるいは商売替えをしきりになす者がある。いままでその業務なり、商売なりに知識経験を得たのに、変更するがためにせっかく獲得した知識経験を、むだにしてしまうのである。新たに変わるごとにいわばまた一年生から始めるようなもので、大体不得策である。実際の事情やむを得ずして、転職転業するは格別、しからずしてただ功を急ぐ焦燥の念から来るのではよろしくない。
 

 五十二年間米国フィラデルフィアに住居していた一製造業者は『青年時代に心を神に捧げた人で、いまだかつて失敗の生涯を送った商人あるを聞かない』と言ったが、これは着実に営業を続け、儲(もう)けることのみに焦らなかった人を指したもので、要は正直で親切で功を急がず、努力の継続を暗示したものだ。なんぴとも成功の近道はないと悟るがよい。

              序
 

 

 この世の中に生まれて立身出世を願わざる者なく、成功発展を望まざる者はない。しかもその希望を貫徹する者の甚だ少ないのはなんであるかというに、天賦の才能にもよるけれども、多くはその人自身の修養と努力の足らざるがためである。
 

 青年志を立てて発奮努力せば必ず発展するものである。しかし自己の欠点を知らず、また欠点を知りつつこれを矯正せず、そうして成功に必要なる修養を怠っては大成ができない。よって本書はまず各人に共通の欠点を指摘してこれが矯正を説き、進んで立身出世にもっとも必要なる修養を各方面よりる述し、さらに世に処し人に対する態度を述べたものである。理論を確かめるに幾多の実例と、偉人傑士の金言とをもってし、あるいはまた古来成功発展したる人々の実験に徴して注意を与える等すこぶる苦心したつもりである。
 

 立身出世の必要を論ずる人は世上たくさんあるが、その方法を具体的に説く人きわめてまれである。たまたまこれあるも実際に適切なるもの甚だ少ない。本書はすなわちその方法についてもっとも力を注いだものである。ゆえに前途に希望を抱く者、あるいは現状に不満なる者、もしくは悲境に煩悶する者のためには、必ず多大の参考になると信ずる。ただその成敗はこれが実行いかんにあるのみ。読者本書によって立身の基礎を作るを得ば、実に著者望外の幸福である。          


                               原著者 増田義一