はじめに
1.「このゆびとーまれ」について
2.動機と理念
3.設立当初
4.サービスの質
5.建物の雰囲気の良さ
6.日課は無し
7.高齢者と子どもが同じ空間にいること
8.三方良し
9.地域の支持と行政の歩み寄り
10.西村さんの言葉
おわりに

はじめに


 先週の日曜日、ダイバーシティ京都メンバー5人と富山県のNPO法人「このゆびとーまれ」へ見学に行った。当日は副代表の西村さんにお話を伺い、その後、利用者である障がいのある方や子どもたちと一緒に時間を過ごした。

1.「このゆびとーまれ」について


 富山県でデイサービスをされているNPO法人で、県内初のNPO法人である。サービスの対象者は基本的に「誰でも」。サービスを実際に利用されているのは高齢者、障がいを持っている方、障がいの有無に関わらず子ども、などである。このように年齢や障がいによって隔てることなく受け入れるデイサービスの形を採ったのはこのNPOが初であり、こうした形は「富山型」と呼ばれ、注目されている。

*NPOの詳しい内容はこちらのページで。
  このゆびとーまれ」公式HP
  紹介HP

2.動機と理念


 「このゆびとーまれ」を設立したメンバーは元看護師の3名の女性である。看護師だった頃、病院で治療をして病気が治っても、家族の都合上自宅に帰ることが出来ず、施設に預けられる高齢者を多く見てきた中で、充実したデイサービスという事業へ意識が向いていったそうだ。看護師、医療の使命は「全ての人の生命を助ける」こと。その想いからこのデイサービスでも利用対象者を「全ての人」とし、根幹の軸として「全ての人の生活を助ける」という揺るがない理念があるようだ。

3.設立当初


 設立以前、そして設立後も行政は利用対象者を絞らない形に対して理解を示さなかった。縦割りである行政の担当部署からすると、高齢者、障がい者、子どもを1つの場所においてサービスを実施するという前例は無く、こうした取り組みに否定的であった。一方で3名の動きはマスコミに注目され、3名が看護師を退職したと同時にあっという間に認知されるにいたったという。

4.サービスの質


 行政が否定的な態度であった一方で、サービスを受けた利用者やその家族はこの取り組みを大きく支持した。急な用事の際に預けられることや、小さい規模だからこそ融通のきく利用時間など、利用者の家族から大変喜ばれた。

 時間だけではない。サービスの質の高さも喜ばれた。スタッフの数は利用者の数の割合を考えても一般的な施設より多いようで、それぞれの専門スキルも十分である。看護師、保育士、柔道整復師等々の免許を持ったスタッフが所属しており、看護師経験のある方はドクターと連携を図ることもできる。その方々が、常に気を配り全体を把握している。施設内のカギをかけずに運営できているのも、そうした気配りがあればこそである。開所して18年間で転倒して骨折した人がゼロ、というのもやはりスタッフの方の気配りが大きな要因であろう。

5.建物の雰囲気の良さ


 また施設の建物も魅力的である。私が伺った建物2軒とも木造一軒家であった。内装は畳に障子、また通常の家にあるお風呂が設置されいた。段差のバリアフリーやドアの開閉が容易になっているなどの工夫はあるが、その他は一般的なデイサービスの施設のような雰囲気はない。まるで親戚の家に来たようで、入ってすぐに寝転がりたくなるような解放感があり、リラックスできる建物であった。「日本人だからこの方が良いでしょ」という西村さんの言葉に納得しきりであった。

6.日課は無し


 当施設の利用者には、日課やその日のスケジュールといったものが無い。一般的なデイサービスでは何時から歌を歌ったり、何時から折り紙を使ったり絵を描いたりという作業が組み込まれている。当施設ではそういった活動は一切なく、基本的にはそれぞれがやりたいことをやる。「人生の先輩に幼稚園の子どもがやるようなことをさせて良いのか」ということだ。利用者の中には、スタッフの洗いものや洗濯ものの片づけを手伝う方、隣の方と会話をしたり歌ったりする方、外に出歩きに行ってしまう方、それぞれだそうだが、しっかりスタッフが横について気を配っている。こうしたことを伺って考えると、一般的なデイサービスにおいて日課を設けたり、鍵をかけて外出しないようにさせたりするのは、利用者側の満足度よりも、お世話のしやすさという施設側の都合でしかないように思えた。それは人手もかかることであるため、仕方ない、と片づけられてしまいがちであるが、本当に仕方ないことであるのか。「サービスを提供している以上、全ての人に心地よく。この場でマイナス感情は持って帰ってほしくない。」という西村さんのお言葉からも、利用者の立場に立つことを貫かれていることがうかがい知れる。

7.高齢者と子どもが同じ空間にいること


 そして何より、高齢者と障がいのある方と子どもが一緒の場所で過ごすという形。子どもが泣き出すと、認知症の高齢者もそちらの方に意識を向ける。体が不自由で介護が必要な高齢者が、昼寝をしている子どもの布団がめくれていたら、下半身を引きずって行って、布団をかけ直してあげる。子どもと一緒に歌を歌う。子どもといることで高齢者の方がとった行動の一例であるが、こうした毎日の生活が認知症の高齢者の方々にとっても楽しみや喜びを生んでいるに違いない。

8.三方良し


 そうしたデイサービスの中で今まで出さなかったような生き生きとした表情を利用者の方が見せるため、その家族はその表情を見て、大変喜ばれるそうだ。この施設では利用者の方も、その家族の方も利用することに満足されている。また満足しているのはスタッフも同様である。多様な利用者の方々と接することができるため、施設スタッフの方も大変満足して働かれているということであった。仕事を辞められたスタッフの方は妊娠・出産やパートナーの転勤といった理由のみで、仕事内容や理念の不一致等が原因で退職したスタッフはいないということであった。

9.地域の支持と行政の歩み寄り


 このような活動を積み重ねてきた中で、施設の利用者の母親たちが動いた。こういう素晴らしい活動をされている団体こそ行政は委託事業にしてほしい、という要望を署名運動を通じて行った。これを受けた行政は、当施設において問題は起きていないという実態を把握し、富山市が委託事業として補助を出すに至ったのである。こうした、行政から民間へ歩み寄り、補助金が出されたという例は極めて珍しいそうである。施設の対象を年齢や障害で隔てないサービス、それに対して行政が柔軟な対応を行ったこと、ここで「富山型」という形が完成された。

10.西村さんの言葉


 「どんなものでも時代に応じて変化し続けなければならない。」「医療法人、社会福祉法人のやらない隙間をNPOがやる。」という言葉が印象的だった。介護・デイサービスが求められ始めた時は、現在においても一般的なデイサービスの形で良かったのかもしれない。しかし家族の形態が変化してきた今日では「富山型」のような複合型、あるいは「誰でも」を対象にしたデイサービスの形の方が、利用者のニーズを満たしうるものなのだろう。思い込みや既成概念に捉われず、同時に時代の変化に即しつつ、自分たちの軸はぶらさない。おそらく今後も、地域や社会の変化に即して、「このゆびとーまれ」も変化していくことだろう。

おわりに


 「このゆびとーまれ」が注目されている大きな要因としてある「富山型」とはどういったものかを知りたいと思い、今回伺ったわけであるが、実際に行って見て話を聞いて感じたのは、決して「富山型」という形だけがこの施設の魅力ではないということである。スタッフの間で利用者目線に立つという考え方が根底で行き届いており、それを土台として上述の様々な工夫がなされている。その工夫の一つとして「富山型」という形があるに過ぎない。したがって、この「富山型」という形のみを別の地域、別の施設がそのまま採用したからといって、必ずしも利用者、家族、スタッフの三方良しが実現されるというものではないだろう。形も大切であるが、それ以上に想いが大切である、と良く言われるが、まさにその言葉通りである。利用者とその家族に喜んでもらいたい、その想いがあってこその「富山型」デイサービスである。


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こちらの本も参考になります。


笑顔の大家族このゆびとーまれ―「富山型」デイサービスの日々惣万 佳代子



あなたも社会起業家に!―走る・生きる十五のストーリーという本に代表の惣万 佳代子さん【高齢者も障がい者も乳幼児も健常者も同居】というタイトルの特集があります。

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・副代表の西村さんは「施設」とは呼ばないとおっしゃっていましたが、今回は便宜上使わせていただきました。


「このゆびとーまれ」のスタッフの方々、お忙しい中貴重なお話をお聞かせいただき、また見学させていただきまして、ありがとうございました。

慎太郎

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先々週は神戸や大阪へ行ってバタバタとしてましたが、先週もバタバタしてました。
バタコさんもびっくり、と言っても過言ではありません。
でも僕は食パンマンの真摯さを目指したいと思います。

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金曜日は河原町五条を過ごし下がったところにある、ひと・まち交流館にて
難病患者の就労支援をされているNPO法人さんを訪問し、お話を伺ってきました。

土曜日は京都府福知山の成美大学にて農山村の活性化に関する講演会に参加しました。
田舎の活性化の世界ではパイオニアのひとり、高知県馬路村の東谷さんのお話などでした。

日曜日はダイバー京都の仲間5人と富山県のデイサービスをされている
NPO法人「このゆびとーまれ」さんの見学に行ってきました。

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小さくても動き始めてみると、たくさんの学びや気づきがあります。
「今いる場所で一人で考えて終わり」の今までの自分を捨て去っていきたいです。
考えることも大切だけど、見て聞いて話して行動して、感じることが必要だと、
今の自分には特に思います。

それぞれの詳しい内容は追々書いていきます。

慎太郎

なんとか頑張ってブログ書いてみる


今日はブログを書く時間をいただきました。

でも、書けと言われると書けない性分。



3,4回、書いては消してを繰り返し、それでも書けない、まとまらない。

今日はもうやらねぇ!と一人でこっそり決意して、

ネットサーフィンの波に乗ってたら

「次の時間も使って書いてください」と先生がお優しい一言をくださったので

書かないわけにはいきません・・・。

結婚!



サッカー選手の松井大輔選手と女優の加藤ローサさんの結婚報道があったようですね。

京都市出身の松井選手といえば、華麗なプレーが印象的で、好きです。



加藤ローサさんといえば、彼女が主演の「天国はまだ遠く」という映画を見たことがあります。




http://www.youtube.com/watch?v=xjHzNqqMDBM&feature=share



同名の小説が原作になっていて、舞台はマイ・カントリー丹後。

映画のロケ地も丹後です。

今はどうかわからないのですが、作者の瀬尾さんはこの小説を書かれた時、

丹後の中学校の国語の先生をされていた、と記憶しています。



ぜひ丹後の素敵な風景を映画を通して見てみてください!

追伸



僕は宮崎あおいと大島優子が好きです。



慎太郎



天国はまだ遠く (新潮文庫)/瀬尾 まいこ



¥380

Amazon.co.jp




先週末、京セラドームにて鹿児島ファンデ―に参加してきました。
も少し詳しく言うと鹿児島の物産店が並ぶ中、NPOママの働き方応援隊の一員として
東北支援活動「はぁとプロジェクト」に参加しました。

東北の物産を販売して、売り上げの一部を義援金へ回すとともに
今後の東北支援者を募る活動を行ってきました。

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今回はダイバーシティカレッジ神戸校のメンバーさんが中心となって運営され
京都校の僕たちはそのお手伝いをさせていただいたわけです。
が、僕個人的にはここまでの来場者数と商品数の中でイベントや物品販売を
行ったことは初めてだったため、絵にかいたような てんやわんや だったわけです。

鹿児島ファンデ―

おばちゃんのエコバックに対するモチベーションにあわわわとなったり。
元ヤン風のおにいちゃんに、ラベンダー2個500円はぼったくりや、といちゃもんつけられたり。
でも最終的にはラベンダー2個買ってもらい「家に遊びに行くわ!」と言ってもらったり。
被災地支援です、と言うと、暖かい「頑張ってな」という言葉をたくさんの方にいただいたり。

そんなこんなで何とか一日を終えることが出来たのでした。

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普段はダイバーの教室で座って学ぶことが多いわけですが、
やはり実際に活動するというのも学びが多いですね。

単なる物品販売とはいえ、管理や準備を確実に押さえていかないといけない。
またそもそも何のためにこの活動をやっているのか、を意識して活動することが
大切であることを一緒に参加したメンバーに教えていただきました。

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一日の達成感とたくさんの学びと個人的な反省に加え
売れ残った南三陸町のラベンダー4鉢をお持ち帰りさせていただきました。
参加された皆さんお疲れさまでした。
商品を購入していただいたお客さん、支援者になっていただいた方、ありがとうございました。

ラベンダー買ってくれたおにいちゃん、ぼったくりちゃうよ。

慎太郎
三条商店街やき

「買い物は三条会やき」

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昨日の授業で三条商店街のコマーシャルの制作に取り組みました。
お店の方々に色々お話をうかがって新たな発見がたくさんあったので、少し紹介。

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武信稲荷

三条商店街の途中でアーケードから逸れた道を1、2分歩いたとこにある武信稲荷神社。
ここはあの坂本龍馬と妻・おりょうのエピソードが残っています。

武信稲荷神社

この近くにあった六角獄舎(尊皇派が捕えられていた場所)におりょうの父も捕えられていました。
龍馬とおりょうは父の身を心配し、何度か訪れたそうですが
龍馬も佐幕派から追われていた身、堂々と面会は出来ませんでした。
そこでこの神社の大木に登り、獄舎の様子をうかがっていたそうです。

武信の大木

その後、命を狙われる身になった龍馬はその身を隠します。

龍馬と離れ、その身を案じていたおりょうはある日
龍馬と訪れたこの地、武信稲荷神社を思い出し、訪れたのです。



おりょうが来てみると、あの大木には
龍馬独特の字で「龍」の文字が彫ってありました。



自分は生きて京都にいる、というメッセージだったのでしょう。
龍馬が京都にいることを知ったおりょうは、共通の友人を訪ね、
2人は無事に再会したそうです。

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龍馬の思いが息づいちゅうぜよ。

慎太郎