夕方出勤 午前中に
初彼岸だしお花を買いに義母と出掛ける
昼近かったし、とりあえずご飯食べようとなる
義母は蕎麦が好き、私も好きだから義母との外食は蕎麦が多い
今日行こうとした店は定休日だった
結局いつも同じ店
それから、いつもより遠くの、いつもより大きなスーパーに行ってみる
その間
義母の思い出話を聞く
義父との思い出
相方との思い出
相方から聞いた話も
今年86歳
その年代の女性が運転免許を取得する事の大変さ
女なんかが車の運転なんて
そう言われた時代だった
でも義父が運転免許を取得して
車を買って…どこにも出掛けないで亡くなってしまった事は初めて聞いた
幼い子供二人を育てるために必要だった
義母が義父を亡くしたのは37歳だったという
相方七歳
私が一人になったのは37歳だった、子供を育てる事、生活していく事で精一杯で無我夢中で働いた、だからあなたも頑張って
そう言ってくれる
そっか、私は十年遅れてるけど子供はいない、自分の事だけすればいいのだから頑張るけどおかぁさんにはかなわないよ
そんな会話をしながら帰った
何かとお金を出そうとしてくれる
家を出る時には1ヶ月の家賃分くらいは出してあげるから とか
車の代金を出してあげる とか
自分の施設行きのために家を処分しようとしてるのに
いらないよ
これ以上、おかぁさんにお金使わせる訳にはいかないから
私はただ住まわせてもらってるだけで十分だから
私は幸せだよ
おかぁさんが生きてる間は
少しでも役に立てるなら側にいたい
何の恩返しもできないから
それに
おかぁさんがいなくなったら
私は
本当に
独りに
なっちゃうから
義母は
働かないワガママでバカな息子と一緒にいてくれた
あんな息子に育てたのは私の責任
そう言うけど
おかぁさん
あなたが生んでくれなかったら
私は逢えなかったんだよ
あの人に逢えなかったら
私はもっと早く死んでいたかもしれないんだよ
あなたは
相方を生み育ててくれ
収入が少ないのに私にまで住む家を与えてくれて
相方との時間を最優先してくれたんだよ
今になって言う
私は何も知らなかったから
あなたが第一だった
私なんか二の次だった
あなたの事ばかりだった
嫌味じゃない
それだけ
息子は
あなたを大事にしていた
でも
ワガママが勝ってしまう息子だった
そう伝わる話し方
一緒の家に住んでるのに
家賃も光熱費も払わないで住んでいたのに
私達の生活には何も口を出さなかった
ごめんなさい
おかぁさん
色んな負い目と、何かと喧嘩になる相方とおかぁさんを見てると
いらない喧嘩の種になるような話は出来なかった
でも
もっと話せば良かったね
後悔ばかりだよ
なかなか
上手く言えないけど
感謝してます
相方が私を置いてきぼりにしたから
おかぁさん
少しでも長く
私の家族でいてください
おかぁさんが望む事なら
この家を出る事も苦ではないんです
ただ
顔見に行く事は許してください
籍は入ってないけど
おかぁさんだから
相方の分までとはいかないけど
少しでも
恩返しするチャンスをください