本日は一時間ほど虎しゃんの行動をシャメをとりつつ観察してみました。
やぁ。俺。虎琉。

俺は今日。とても真剣だったんだぜ

どの角度からとっても真剣だぜ。

あのぉ。口がワイドオープンなんですけど。
俺は…シュレック3に夢中だったんだぜ。

んで。飽きたらしい。
どっから探し出したのか。コロコロを足で転がして掃除してるように見える虎さん。

遊んでるんです。
それにも飽きたらしい。

ママの大事なライトセーバーを足で転がして遊ぶんだぜ。
足に飽きたら
かみかみ。

とりあえずかみかみ。

さらにかみかみ。

んで。

壊れたw
特に止めずに眺めてた母。
んでそれに飽きてベッドの上に戻ってきた虎しゃんは…

あごの下をくすぐると喜びます。
まるで猫のように喜びます。
私が手を止めると

やってやって~ と手を引っ張ります。

そんなごきげん少年TKRさんは
ベビーシッターりなりなが到着した後も何時までもご機嫌でw
いっぱいニコニコしていっぱい抱っこしていっぱい笑って
安眠。 よかったねw 幸せだねw
りな坊が、帰りに。
「今日は平和でしたw 虎ちゃん、布団から出ることもなくぐっすりでした」
ですってぇ。
あははw 可愛いでしょう。 うちの子。(ぇ

私の手を宝物のように抱きしめるの。
んで、(俺に触って?)と引っ張るのw
あぁん愛おしい。
子供ほど愛おしくて無邪気で愛せる存在なんて。
子供ほど愛してくれて無邪気に求めてくれる存在なんて。
子供しかいないな!w
よく言われるんだけどw
希望を持てよ。とか
虎琉は何時かはよくなるよ? とかw
そんなよく分からない貴方達にとっての「私へ説く希望」なんてどうでもいいw
むしろそう言うことで君達は虎琉の「今」を否定してるようなもんなんだよ?
と、思うけど。毎回明言はしない。
だが私にそういう人は確実に私の大事な人リストから削除されていくw
慰めなんていらないよ?w
確信もないことへの希望なんていらないんだよ?
私に発せられるその言葉の全ては
結局、障害児である子供がいるという私に対しての哀れみと。
とりあえず希望を言っておこうという当事者のエゴイズムの元に発せられていると思う。
でもそれは違うんだ。
何時かはよくなるよとか。何時か治るよとか言われるたびに
私はいっつも凹むw
なんで今の虎を肯定してくれないの?って。
虎に障害がなかったら、虎琉は虎琉じゃない。
障害があるからこそ、虎琉なのさ。
虎の母親として私にできることは全てを受け入れること。
今の虎の全てを肯定すること。
虎琉の全てと向き合って接していくこと。
希望なんてものに現実逃避してる暇なんてないw
今の虎のすべてを愛してる。
腹立つことも多いしw
泣きたくなることも多いけど。
先が見えない未来に潰れそうになることもあるけど。
そのすべてが私が「虎琉の母」であるプロセスの一端である。
母である。 というか。 母になっていく。 というか。
子供が生まれた瞬間から世間的にも子供的にも
私は虎琉の母親なんだけど。
自分が母親である自覚を芽生えさせるのは生まれてからのこと。
私はまだまだそのプロセスの紐の一端をちょっとずつたどってるだけで
まだまだ。紐の終わりは見えないんだー。
きっと死ぬ瞬間まで終わりは見えないけど。
今の一瞬一瞬を大切に生きていきたい。
小さい頃の虎琉の画像を見てるといっつも。
嗚呼なんでこの頃あれしてあげなかったんだろうこれしてあげなかったんだろう
あれだけ抱っこしてたと思ってたけど、もっと抱っこしてればよかったと思う。
今は絶対いつかの過去になって
いつかの過去を知る今の自分もまた何時かの過去になる。
何時か過去になる今。ちょっとでも多く虎を笑わせて
たーしゃの笑顔を見るのが生きがいになれるようなママになれる未来を作りたい。
本気で天使すぎてわろすwwwww
あまりにも無邪気な天使にはいろいろ代償がつきまといますけどねw
とりあえず。
母親という自覚をもてなかった過去の私。
授乳もオムツ変えも全て事務的にやってて
可愛いんだけど、母親であるはずの私を求めてくれない子供に
一体何故私が母親なのか
どうやったら母親というものになれるのか判らなかった頃は終って。
むしろその期間が長かったからこその「今」なんだろうなと。
全てはプロセスなんだなと思う今日この頃です。
てゆーか虎しゃんどの角度でも可愛いよねw
あははw