これは 7つ目
私とダーリンは
小さなお店で
共に 働いています。
今は 子供が3人になり
さすがに
週のうち 2回ほどしか
お店で お料理を運んだりしなく
なったけど
長女 次女の妊娠中は
臨月でも 働いてました。
そりゃぁね、
疲れますよ
うっとしい顔。
してしまうときもある。
でも それが
ダーリンに 見つかったり
しようものなら
狭い店内。
お客様が とめてくださる
ほどの 勢いで
『顔で 物言うな!
』
と 怒鳴られる私…。
最初のころは
黙ってたけど
しまいに 私は
言いかえすようになりました。
だって 腹立つもん。
なんで
私ばっかり
叱られなあかんの?
って。
しかも 人前です。
日ごろ 優しいから
その豹変ぶりに
お客様が 驚くほどでした。
そんな 時には
うまくいかない日も
ありながら なんとか夫婦生活を
続けていくなか
次女が 生まれました。
そして その
2ヶ月後
父が 倒れたのです。
脳梗塞。
意識のもどらないまま
年を越し
もう だめか。と
思ったとき
高次機能障害という
痴呆のような
障害を 残し
父は 意識を取り戻しました。
人が 眠りから覚めて
全くの違うひとになっている。
脳梗塞などの
脳の疾患は
癌などとは また 少し
違った意味で 残酷です。
そのとき
誰よりも 知り合いのお医者さまに
コンタクトを 取り続けてくれたのが
ダーリンでした。
どないかしてやられへんか?
リハビリのいい病院はないの?
ずっとずっと
私の父のこと
大切にしてくれて
倒れて一年半後
亡くなるときは
ダーリンも 私も
皆が 見守るなか
息を 引き取った父。
そのときに 気持ちが
かたまりました。
この人を
大切にして生きていこう。
って。
この感謝の気持ちは
忘れないでおこうって。
ダーリンの嫌がることは
しないでおこうって。
たとえば
顔で ものをいう。
たとえば
上から ものをいう。
彼の嫌がることが
だんだん ハッキリとわかるようになって
そこから
私たちの 夫婦生活は
変わっていったように感じます。
そのひとの気にいることは
なかなか難しくても
嫌がることさえ
しなければ
人間関係って
夫婦に 限らず
うまくいくと思いませんか?
私は そのあたりで
やっと 気がついて
そのあたりから
もう 離婚を
チラッとでも
考えなくなりました
だから
ダーリンの嫌がる
顔で ものをいう。
ふてくされたような
表情は しなくなったのです。
それが 私の
こころがけていることの
7つ目です
yasuko