日本一を探す旅。
全国各地に広がる日本一を巡る旅を提案しています。
今は日本で初めて、日本一最初を特集しています。
今日の舞台は、今の当り前。
当時は「なかった」と言われるほうが驚くような、信号機です!
『日本で初めての信号機 - 上野広小路交差点』
日常で、触れないことが無いかもしれませんね。
交通のかなめ、信号機。
現在あるという事は、ない時代もあったわけです。
最も古いものとしては、
1919年(大正8年)
東京上野広小路交差点に試験設置された「信号標板」です。
と、言うのも、自動車が初めて輸入されたのは明治32年。
大正の時代には1813台になり、交通整理が課題となりはじめたころです。
当時の上野署長、薗部警視はアメリカ帰りの運転手の話を聞き、信号機の発想を得たとわれています。
「進メ」と「止レ」の標板を付けた手動式で、当時は一般的だった、警察官の手信号の補助として使われたものです。
ちなみに、参考にされたアメリカの信号機は、この当時はすでに電気式の信号機で1918年にはニューヨーク5番街で使用されていました。
もちろん、これが世界初の自動信号機となったのです。


全国各地に広がる日本一を巡る旅を提案しています。
今は日本で初めて、日本一最初を特集しています。
今日の舞台は、今の当り前。
当時は「なかった」と言われるほうが驚くような、信号機です!
『日本で初めての信号機 - 上野広小路交差点』
日常で、触れないことが無いかもしれませんね。
交通のかなめ、信号機。
現在あるという事は、ない時代もあったわけです。
最も古いものとしては、
1919年(大正8年)
東京上野広小路交差点に試験設置された「信号標板」です。
と、言うのも、自動車が初めて輸入されたのは明治32年。
大正の時代には1813台になり、交通整理が課題となりはじめたころです。
当時の上野署長、薗部警視はアメリカ帰りの運転手の話を聞き、信号機の発想を得たとわれています。
「進メ」と「止レ」の標板を付けた手動式で、当時は一般的だった、警察官の手信号の補助として使われたものです。
ちなみに、参考にされたアメリカの信号機は、この当時はすでに電気式の信号機で1918年にはニューヨーク5番街で使用されていました。
もちろん、これが世界初の自動信号機となったのです。


