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旅行記に戻ります。
グロい写真が入る時は、タイトルに閲覧注意を入れるようにします。
ガイド付きの見学ではないため、先にアウシュヴィッツ第2強制収容所(ビルケナウ)からの見学になります。
第1との違いは、ビルケナウは殲滅を目的として作られたものであると言うこと。
そして、終戦が近付いた頃(1945年1月)
雲行きが怪しくなって、戦争犯罪を隠蔽するためにほとんど焼かれたり、破壊されたりしています。
当時のものを破壊された跡を見ることが出来ます。
ヨーロッパ各地から貨物列車に乗り、連れて来られた人々は、死の門と呼ばれるゲートから出ることの出来た人はわずかでした。
死の門から伸びた線路は、ナチス犠牲者の国際追悼記念碑に続いています。
以下は、ざっくりとした説明になります。
アウシュビッツとは、オシフィエンチム(ポーランドの都市の地名)のドイツ語です。
キャンプ設立の最初の理由は、ポーランド人の大量逮捕が既存の刑務所のキャパを超えてしまったためでした。
アウシュビッツ強制収容所は、3つあり、
1つは、博物館になっているアウシュビッツⅠ
(1940年利用開始)
ポーランドの兵舎の敷地内や建物内設立されたもの
現在は博物館になっています。
2つ目がここ、アウシュビッツⅡ(ビルケナウ)
1941年10月建設開始
アウシュビッツⅠから3km離れたブレジンカ村に建てられました。
そこに暮らしていた村人たちは、家を没収、取り壊されて、追い出されました。
ここに大量絶滅装置の大部分を建設し、犠牲者の大半はここで殺害されています。
3つ目は、ブナ(モノビッツ)と呼ばれるものです。
ツアーの性質上、先にビルケナウ(アウシュビッツⅡ)からの見学となりました。
通常のツアーは、先にアウシュビッツⅠの博物館を見てから、こちらに来るのが多いと思われます。
私のオススメの周り方も先にⅠを回ってからです。
私の参加したツアーは、あまり海外の乗り物に乗り慣れていない人や安心&ラクを買うためのツアーだと思ってください。
私的には満足しているので、問題はありません。
初めて訪れる方は、先に博物館で学んでからこちらを回ることをお勧めします。
私は2度目の訪問です。
最初の訪問は、唯一の日本人アウシュビッツ公認ガイドの中谷さんのツアーに参加させてもらいました。
出来るなら、中谷さんのお話を聞いてほしいと思いますが、なかなか難しいです。
見学に向かいます。
線路の中程の近くにある建物
ここに展示されていたのは、到着したユダヤ人などを選別する様子でした。
この建物のそばで貨車から降ろされ、選別をされたようです。
選別プロセス
SSの医師が、新しく到着した輸送車から、収容所の囚人となる身体能力のあるユダヤ人を選別し、
それ以外の者は即座にガス室で死に追いやられました。
年齢、性別などでも選別は行われ、家に帰ろう
1944年
火葬場lIとIlのガス室で即死させるためにSSによって選別されたユダヤ人は、この道に沿って群れをなしていました。
親衛隊が撮影した写真
1944年