自分は恋愛をしてよいのだろうか
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え~と 報告

私はランキングをあげたい

読者に楽しんでもらいたい


そんなことを思って書いてはいません


ランキング カレンダーは無くします。



このブログは私の思いをかきたいと思っているので・・・

情報屋

ついさっきまで 部活で疲れブログめんど~だなぁと考えてました。(なら書くなみたいな?)


でも他人のHP、ブログを見ていて力がわいてきました。

では本題へ



中学二年生になり、私は情報屋でした。

他人の秘密を知り、バラシ、また秘密を知り、バラす。


このとき何かにとりつかれたかのように、こんな行動を繰り返していました。

私はこういう秘密や情報で金や物をとろうとはまったく考えていませんでした。

ただ、ただ相手を不幸にしてやろう。それしかなかったです。


何の条件も無しでいろいろなことを言うと、聞いた人も秘密を言ってくれ

終わることがないかのようだった。


同級生の恋愛の話などはほとんど知っていました。(たぶん)


他人の恋愛を潰したことも何度かありました。

他人から考えれば、こんなひどいことなんでできるの?と思うかも知れません。

ですが何故平然と他人の恋愛の邪魔ができるかというと、

自分は女に全く興味がないし、本気で女の人を好きになったことがないからかもしれない。

そして第一に他人の不幸が嬉しかった。


他人の秘密をバラすと同時に

当然のように敵も増えますが、自分には関係ないことだと思っていました。


中ニで何故こんなに他人の恋愛、幸せを潰すことに興味を持ったかというと、

自分でもはっきり分かりません




私は精神不安定だったと思います。

中一の後半からより父が荒れていたことだと思います。


中一の後半は兄の受験で、ほとんどの日が父と兄の喧嘩の気がします。

その喧嘩、受験のイライラを兄は私にぶつけてきます。

父は近所迷惑なぐらいの大きな声で怒鳴ってばかりでした。


中二の五月二十四日

兄の誕生日と共に引っ越しました。

祖父が体が悪くなってきており、祖父の家へ行きました。

位置は昔住んでいたマンションとほとんど変わりませんでした。


そして引っ越してもいろいろな問題がありました。

父が祖父に

「面倒見れないとか、いろいろありました」

言っても無駄なのに父は祖父にキレることが多くありました。


祖父の家は

風呂はジャグジー付

エアコン六台

テレビ七台

マッサージ器一台

ルームランナー一台

ダンスルーム一部屋

とすごく豪華でした。

ですが、私はここに住みたくありませんでした。

父はより荒れ、家にいることがとてもつまらなくて嫌でした。


祖父は早稲田大学を卒業していて、どんな仕事をしていたかはよく知りませんが

貯金はものすごくあったらしいです。


祖父の体調が悪くなってきたとき、父の姉が私の家に来て、

遺産の話ばかりしていました。

父と父の姉は仲が悪く、遺産の取り合い。

醜いです。父の姉は祖父の面倒も見ないくせに金をクレクレと私は見ててうざかったです。

そんな姿に父は、機嫌を悪くし、怒鳴ったり、家族に八つ当たりをしてきました。


家族での食事は私の一番嫌いな時間でした。

普通の家庭では【家族団らん】と言うそうですが、

私の家では仕事の愚痴、私、兄へのイヤミしか話しません。

私はすぐに食事を済ませ自分の部屋にすぐいきます。


このことは今現在も変わりません。

家にいることが苦痛です。


自分自身の不幸を他人の不幸によって和らぐ自分は最低と思う。

そしてそんな自分は父に似ているなぁと思います....



話がそれましたがまた本題へ


中三一学期の頃

情報屋を辞めかけていました。

というかほぼ活動してませんでした。

だんだんこの事から手をひいていきました。


中三の二学期三学期は特に覚えてはいませんが、

唯一鮮明に覚えていることは、

父がいつもより荒れていて

そんなウザイ父親の顔面を殴り、メガネを壊したことです。



私はお金のことで父や父の姉のようにはなりたくないと思いました。

不安定な感情は中学生へ続く

小学生の頃から頭の何処かが腐ってきていた。

親友K君は中学は野球部のある中学へ行くといい、私と違う中学へ入学した


合計3人の親友が私たちが住んでいたマンションを引っ越した。



中学になり、部活を何部に入部するか考えた。

やりたいことがあったが無理やりに親に決められた....


なぜかクラブチームにも行かされた。

クラブチームの見学の日、女子の車に乗っていったことを覚えている。


部活の先輩にいきなり 私の好きな人を決め付け

大声で

「YはTさんが好きですー」

と叫んだ

そして学年全体に広まった・・・


自分以外の誰かにもこの憎しみを与えてやる・・・



中学一年の一学期か二学期に友達N君とある人の好きな人を話していると・・・

隣の女子が

「何話しているの?」

と聞いてきた。


私とNは少しとまどった


「○○の昔の好きな人は△△だったんだよ」

と私たちは言うと

隣の女子は、

「最低。ひどすぎる」

と言い

いきなり大泣きして殴りかかってきた

殴るのが止まったが机に顔と手をつけ泣いている。


その日、クラスで完全なる悪者になった。



何故、他人のために泣けるのか・・・

何故、人の好きな人を聞いて、そのバラされている人のために泣けるのか・・・

私はこの女子に悪いことをしたのか?

親友を裏切ったことのある私には理解ができないことだった。


私はこの日、罪悪感より不思議な感覚の方があった気がする・・・


これから何日後だろうか・・・

私は自分にはない 隣の人の不思議さと優しさが気になっていた。


私はこの人に惹かれていっていたのかも知れない....



中学一年 三学期

この人も転校した。


小学校五年の時も

私が好感を抱いていたAさんが転校してしまった。


もし転校していなかったら私はこの人たちをあまり思い出さないし、

考えもしないだろう


しかし、この人たちは、転校してしまったから、私の思い出として

深く深く刻まれていると思う



今思うが一度友の別れを経験したら慣れてきてしまったのかもしれない

しかし、薄れてはいるが悲しみも感じる....



私の周りの親友や好感を持っていた人物は

私の周りからどんどん消えていく


今も考えていることだが、私は幸せを求めてはいけないのかもしれない。

求めても、悲しみを得るだけ・・・


【恋愛は人を成長させる】

こんなことは嘘っぱちだ・・・

私を奈落の底へ落とす幻想にしかすぎない


私に幸せは与えられない、私は幸せを求めてはいけない存在・・・

ひねくれている自分

高校生活一年目、二学期 夏


最近、自分は恋愛をしてよいのだろうかと、よく考えてしまう・・・


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小学生の頃は女子が苦手なだけで、嫌いではなかった。


まだ小学生の低学年の頃から、

親「Y(私)は女嫌いだねぇ~、これからどうなるんだろう」

と言われていました。


小学一年か二年の時、初めて、身内以外からチョコをもらった

その子は私の家へ手作りのチョコを私に来てくれた

そのチョコには手紙がついていた

手紙の内容は今はもうまったく覚えていないが、

すごく嬉しかった.....



仲の良かった同じマンションに住んでいた親友U君は 小学2、3年でどこかに引っ越してしまった。

親が原因らしい。


私の家の家庭もボロボロだった

小学生のいつ頃からかは覚えていないが、

父は

「離婚だ!!離婚だ!!」

と顔を赤くしながら 周りの家庭に聞こえるような声を出し、よく叫んでいた。


父は時に雨の日のベランダへテレビを投げたり、

母を蹴ったり、私、兄へ暴力をふるっていた。

私はこういうとき いつも布団で泣いていた



こんな状態がずっと続き、自分の頭がイカレテきていたと、今思う。


小学生~現在にかけていろいろな友達に父親の話を聞いた・・・

当然のことだったかもしれないが、私の父はオカシかった。

「何故・・・自分の家だけこうなんだ・・・」

とよく考えるようになっていた。


私は他人の不幸が嬉しくてたまらなくなっていた・・・・


小学五年、また同じマンションに住む親友T君が引っ越した
この親友は父の転勤と同時に引っ越すことが決まったらしい



小学五年 同じマンションに住む親友K 君が私に自分の好きな人を言ってくれた・・・



私は親友を裏切った

好きな人をバラシタ・・・

親友の好きな人を言ってしまった。

謝った、謝った、謝った


K君は許してくれた。
しかもそれからも何もなかったかの様に仲が良かった。


しかし他人の秘密をバラシ不幸にさせる行為は中学でも続いた・・・