今日は岐阜の三周ケ岳に登ろうと思ったけど、やめた
理由は、朝起きて、鈴鹿の山を見たら雲がかかってたし(←三周ケ岳は鈴鹿山脈じゃないけど
)、
天気予報で雨の可能性があったから。
・・・
ってのは言い訳で、
一番の理由は「一人で行くことに不安があったから」ってことだと思う。
今日は結局、バイクにまたがり昼前からアウトレットに行って、
ミレーのジャケットを買おうか本気で迷ったけどやめて、
前から気になっていた桑名市内の登山用具の店に行ってみて、何も買わず出てきた。
そのあと、本屋に寄って雑誌を物色。
「ワンダーフォーゲル」のみだしが「ひとりで山へ行く」で、
気になって買って、そのままスタバへ持ち込み熟読。
誰でも一人でいる時間って長くて、
でもその隙間を縫って誰かと会っていたり、家族といたりするから、
改めて考えてみないとそれに気がつかなかったり
その長い一人の時間を過ごすことが得意だったり不得意だったりってのは
性格だったり、今まで生きてきた「経験」によって変わってくると思う。
恥ずかしながら僕は未だに実家にパラサイトしているし、まわりに友達もいるから
おそらく一人の時間を過ごすのが上手な方ではないと思う。
でも、一人の時間を過ごすのは上手ではないけど、嫌いではないかな
一人で買い物だっていくし、バイクに乗ってフラフラでかけていったりするし
カフェで一人まったりする時間が大好きだし
↑こいつらがいれば一人でどこにだって行けるし。
この夏はアウトドアや登山にしか目が向いていなかったので
やたら雑誌を買うようになりまして。前は雑誌なんか全然買わなかったのに。
BE-PALは毎月買ってる。
Tarzanはたまたまトレッキング特集だから買った。仙台行きの新幹線で熟読。
最新のはまだ買っていないけど。
雑誌を読みながら山へのあこがれと登山のイメージを作ってます。
「あ~山行きたいな~」って。毎日そう考えてる。
で、今日やっと気がついた。
今までの自分はこの「登山・アウトドア」っていう趣味を
一人だけでやっていこうとしていなかった。
必ず誰かを巻き込んでいこうとしていたように思います。
極端に言えば、趣味なんて自分が満足するためのものだし、
自分が満たされればいいのだから、一人で出来ることは一人でやればいいし。
もちろん、仲間とやれば楽しさが増えるものもあるから一概には言えないけどね。
それでも今まで「自分ひとり」VS「山」という構図を避けてきたのは
自信がないから。多分それだけの事なんだよね~
バイクも、少林寺拳法も、ジムでするボルダリングも、全てイメージがつきやすいし、
それぞれのリスクが比較的わかりやすい。
それに対して「自然」って大きすぎる。
怖いとさえ思う。
山やキャンプに興味が湧いて、いろんな雑誌読んだり、ネットで調べたり。
最初は上っ面だけで、楽しい部分がたくさん見られるんだけど、
知れば知る程、自然って大きくて、ホントにいいところがたくさんあるんだけど
その分計り知れない猛威をふるったりする。
一人が寂しいとか、面倒だとか、みんなで騒げないからつまらないとかではなく、
自然というものが大きすぎて敵わないと思ってしまう、
「逃げ」の気持ちが、未だに一人で山に行けない理由だってことに
ようやく気がつきました
俺逃げてるんだな~
まだ何もしていないのに、最初から勝負を避けているんだな。
でも、これから自分が山に入る意味を、明確に持てそうです。
僕が山に登る理由は「己に克つ」こと。克己心を確認するために登ります。
自分の気持ちに負けてなんかいられないよ
ま、山に登ることのリスクを考えることができるようになってきたってことは
ちょっと山男に近づいてきた証拠かな
これからも、そんな大きな自然を楽しむためにしっかり準備をしていこうと思います。
そして自信をつけていこうと思います。
山に足を踏み入れるときのあの感覚は忘れることができませんからね
もちろん、いきなりハードルを上げるのではなく
自分のレベルにあわせた、無理のない登山をします。
今日は友達に
「どこにもでかけられなくて、もったいない休日だ~」というメールをしたけども
全然。
大きな収穫があった一日になりました

理由は、朝起きて、鈴鹿の山を見たら雲がかかってたし(←三周ケ岳は鈴鹿山脈じゃないけど
)、天気予報で雨の可能性があったから。
・・・
ってのは言い訳で、
一番の理由は「一人で行くことに不安があったから」ってことだと思う。
今日は結局、バイクにまたがり昼前からアウトレットに行って、
ミレーのジャケットを買おうか本気で迷ったけどやめて、
前から気になっていた桑名市内の登山用具の店に行ってみて、何も買わず出てきた。
そのあと、本屋に寄って雑誌を物色。
「ワンダーフォーゲル」のみだしが「ひとりで山へ行く」で、
気になって買って、そのままスタバへ持ち込み熟読。
誰でも一人でいる時間って長くて、
でもその隙間を縫って誰かと会っていたり、家族といたりするから、
改めて考えてみないとそれに気がつかなかったり

その長い一人の時間を過ごすことが得意だったり不得意だったりってのは
性格だったり、今まで生きてきた「経験」によって変わってくると思う。
恥ずかしながら僕は未だに実家にパラサイトしているし、まわりに友達もいるから
おそらく一人の時間を過ごすのが上手な方ではないと思う。
でも、一人の時間を過ごすのは上手ではないけど、嫌いではないかな

一人で買い物だっていくし、バイクに乗ってフラフラでかけていったりするし
カフェで一人まったりする時間が大好きだし

↑こいつらがいれば一人でどこにだって行けるし。
この夏はアウトドアや登山にしか目が向いていなかったので
やたら雑誌を買うようになりまして。前は雑誌なんか全然買わなかったのに。
BE-PALは毎月買ってる。
Tarzanはたまたまトレッキング特集だから買った。仙台行きの新幹線で熟読。
最新のはまだ買っていないけど。
雑誌を読みながら山へのあこがれと登山のイメージを作ってます。
「あ~山行きたいな~」って。毎日そう考えてる。
で、今日やっと気がついた。
今までの自分はこの「登山・アウトドア」っていう趣味を
一人だけでやっていこうとしていなかった。
必ず誰かを巻き込んでいこうとしていたように思います。
極端に言えば、趣味なんて自分が満足するためのものだし、
自分が満たされればいいのだから、一人で出来ることは一人でやればいいし。
もちろん、仲間とやれば楽しさが増えるものもあるから一概には言えないけどね。
それでも今まで「自分ひとり」VS「山」という構図を避けてきたのは
自信がないから。多分それだけの事なんだよね~
バイクも、少林寺拳法も、ジムでするボルダリングも、全てイメージがつきやすいし、
それぞれのリスクが比較的わかりやすい。
それに対して「自然」って大きすぎる。
怖いとさえ思う。
山やキャンプに興味が湧いて、いろんな雑誌読んだり、ネットで調べたり。
最初は上っ面だけで、楽しい部分がたくさん見られるんだけど、
知れば知る程、自然って大きくて、ホントにいいところがたくさんあるんだけど
その分計り知れない猛威をふるったりする。
一人が寂しいとか、面倒だとか、みんなで騒げないからつまらないとかではなく、
自然というものが大きすぎて敵わないと思ってしまう、
「逃げ」の気持ちが、未だに一人で山に行けない理由だってことに
ようやく気がつきました

俺逃げてるんだな~
まだ何もしていないのに、最初から勝負を避けているんだな。
でも、これから自分が山に入る意味を、明確に持てそうです。
僕が山に登る理由は「己に克つ」こと。克己心を確認するために登ります。
自分の気持ちに負けてなんかいられないよ

ま、山に登ることのリスクを考えることができるようになってきたってことは
ちょっと山男に近づいてきた証拠かな

これからも、そんな大きな自然を楽しむためにしっかり準備をしていこうと思います。
そして自信をつけていこうと思います。
山に足を踏み入れるときのあの感覚は忘れることができませんからね

もちろん、いきなりハードルを上げるのではなく
自分のレベルにあわせた、無理のない登山をします。
今日は友達に
「どこにもでかけられなくて、もったいない休日だ~」というメールをしたけども
全然。
大きな収穫があった一日になりました
