対比を楽しむ | ガソリンきのこ

対比を楽しむ

ワサビに砂糖を加えると、辛みが増すといいます。
甘みを加えたのに辛みが増すとは、不思議なことです。

先日、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」に出演して、色々と思うことがありました。

どんな作品でもそうでしょうが、その作品の、一体何が面白いのか、ということは大きな問題です。
自分が面白いと思えないものを人に面白いと思ってもらうことは、とても難しいことでしょう。
ロミオとジュリエット、これはとにかく悲劇です。この中で見つけだしたのは「対比」でした。

大抵の話にはこの「対比」が存在すると思います。
それは戦争と平和だったり、愛と憎しみだったりします。
ロミオとジュリエットには、この「対比」をたくさん探すことができました。
そして、その対比を受け止めることによって、更に生まれる「希望と絶望」という対比、
又は、それらがかみ合わないスリルなどを、面白いと思いました。

昨年、平井堅が「POP STAR」という歌を出して、これがヒットしました。
「君に出会えた喜びと、君に会えない淋しさの両方を手に入れて、恋は走り出す」といいます。
これは実に、(当たり前のようで)良いことを言っていると思います。
恋の悲しみは、恋の喜びが深いほど、同じように深まっていくものだと思います。

ロミオとジュリエットは、互いに恋をしました。ここに恋の喜びがあります。
最後に二人は、互いの死を悲しんで、共に自害します。
勿論、初めに喜びが無かったら、次の悲しみは無かったでしょう。
この対比が大切です。「喜びが一転、悲しみのどん底に」或いは、「悲しみが一転して、ハッピーエンドに」
このどちらでもなく、終始悲しいだけの話や、楽しいだけの話には「スリル」があまり無いでしょう。
この「一転」が「起承転結」の「転」です。二転、三転する話もあります。

この「転」は物語にとって、勿論、大事な部分です。
「喜び」は「悲しみ」に、「生」は「死」に、「戦争」は「平和」に。
それを「どうなるか」とハラハラドキドキして見守るのが、また面白いのです。