9月1日の予約開始から1カ月あまり、昨日ようやく届きましたよ。
「ほぼ日手帳2009」。

今回の目玉はファブリック製のカバー。
その名も「マキノ・モノトーンチェック」。
ナイロン、革に続く第3の素材です。

Forse, e anche esso pacato ogni giorno?-hobonichi09

かくいう私も、これまで革製の手帳カバーにこだわってきたのですが
手帳って他の革製品に比べて傷みが気になりますよね。
よくボロボロのシステム手帳を持ってる人とかいるけど、
あんまりデキる人って感じがしないもの。

で、去年から「超」整理手帳をファブリックカバー
(イームズのスモールドット黒)にしたんだけど、これが最高。
革よりも気軽に使えるし、さわり心地も重要な機能だと痛感しました。

同じく、ほぼ日手帳も最初は革カバーを使ってたんだけど
上着のポケットに入らない分、整理手帳よりも気を使っちゃう。
だから今年はナイロンカバーにしたんだけど
若い子なら兎も角、おっさんが持つ感じではないってのが正直なとこ。
そこに来てのファブリックカバーだから渡りに船だよ。

中身の方も毎年改良が加えられているほぼ日手帳だけど
今回はかなり大規模な“チューニング”が施されてるよ。
最も大きいのは、方眼のピッチが変わったこと。
これまでの4ミリから3.45ミリに縮められているのね。
なんでも、4ミリから3ミリの間で色々試行錯誤したらしいよ。
パッと見の印象では、
そのこと自体よりもピッチの変更で時間軸が縮み、
ページ下部に余裕が生まれたことの方が恩恵が大きそう。

でも、方眼のピッチってとても微妙なんだ。
例えばロディアの「BLOC RHODIA」なんかは5ミリで
私は色々なサイズを使ってるんだけど
どれも同じような感覚で書ける。書きやすい。
ところが、整理手帳の方眼スケジュールシートは4ミリなんだけど
すごく大きすぎる感じがしちゃう。
縦横がほぼ同じロディアのNo.8と比べてもずいぶん違う印象なのは
かたやフリースペースのメモ帳、
かたや1ページが7日分に分けられたスケジュールと
全く機能が違うからだと思うけど、本当に「微妙」なんだ。

だから、ほぼ日手帳のピッチ変更が本当に良かったかどうかは
使ってみないと分からないとは思うけど……。

ところで、私が一番不満に思っているのは紙のこと。
この「トモエリバー」っていう紙が
薄くて裏うつりしない手帳に最適の紙ってことで
ほぼ日手帳のご自慢の一つになってるんだけど、
万年筆を使うと裏うつりしちゃう。
というわけで最近はボールペンを使ってるんだけど、
これがまた、紙が薄いせいでボコボコになっちゃうのね。
もちろん私の筆圧が強すぎるのも原因だろうけど。
仕方なく下敷きを使ってるんだけど、
そうすると今度は「すらすら書き込みやすい」が仇になって
とっても下手くそな字になっちゃうのだ(元々下手なのにさらに)。
紙質については大きく改善を求めたいな。
全体の厚さ、重さや開きやすさとの兼ね合いがあるのは分かるけど。

実は来年の手帳については、もう一つ企みがあるのですが、
それはまたいずれ。

東アジア地域を中心に広く用いられる食器・道具の一種で、二本一対になった棒状のものを片手で持ち、ものを挟んで移動させるために用いる。(wikipediaより)

その昔、三田佳子がCMで「お箸の国の人だから」と言ってましたな。
私は間違いなく、お箸の国の人ですよ。

余談ですが「お箸の国の人」の反対語として
「パンの国の人」を使っています。
正確には「箸」に対しては「フォーク」とか「スプーン」でしょうが、
それだと幅が広すぎてイメージ違うんだもん。

さて私は普段、マイ箸を持ち歩いています。
箸の専門店「銀座夏野」で買った作家(指物師)もので、
断面が五角形をしている黒檀製の箸です。
やや長めで重さもそれなりにあるのですが、
手が大きい私にはちょうど使いやすいのです。

これは自慢ですが、この箸を買うとき
ほかにも、色々な人へのおみやげなどを一杯買ったので
First Custmer'sカードというのを頂きました。
このカードを提示すると、なんと8%引きで買い物ができます。
実はその後、どうしても欲しかった箸を求めて
本店以外のお店を巡ったのですが、
このカードを出す度に「あっ、いつもありがとうございます」
と最敬礼されました。
いったいどれだけ凄いレアカードなんだろう、と
逆に少し不安になったくらいです。

さて、マイ箸を持ち歩いているからといって
私はそこいらにいる、似非エコ星人とは違いますよ。

巷では「割り箸の使用は森林破壊につながる」とかいって
割り箸をやめて塗り箸に替える店が後を絶ちません。
私はその考え方がかねがね気にくわなかった。
そもそも割り箸とは、端材や間伐材を使ったエコな道具だったはず。
なのに、割り箸廃止をエコの旗頭にする動きが
繰り返しやってくるのはなぜ?

今のムーブメントは、輸入品の割り箸に由来するらしい。
現在、国内で消費される割り箸のうち国産品は2%ほど。
98%は輸入に頼っているが、その99%が中国製なんだって。
国産の割り箸は、私が思っていたとおりの端材や間伐材製だけど
中国ではわざわざ割り箸を作るために木を切っている。
しかも、中国国内ではまかないきれないから
ロシアのツンドラの森林などを伐採して使ってるらしい。
つまり、中国製の割り箸を使うことは環境破壊につながるわけ。
てゆーか割り箸の97%、つまりほとんどの割り箸が環境に悪い。

でも、だからといって割り箸をやめる店にもの申したい。
割り箸をやめて塗り箸にするよりも、国産の割り箸を使え!
そうしないと、国内の森林が死んでしまうのだから。
森林は、伐採しないだけでは守れない。
適度に人が手を入れることによって保たれているのだ。

というわけで、皆さん
マイ箸と一緒に国産のマイ割り箸を持ち歩きましょう。

日経平均株価が1万円割りを記録したきょう、
新聞の経済面にも景気の悪い記事が並んでますな。

「松本引越再建断念」「イオン閉鎖店舗拡大」「リンガーハット46店閉鎖」など。

松本引越センターといえばゾウのマーク。印象的なテレビCMも多かった。
まあ近年は、CMでおなじみの企業の倒産も珍しくなくなった
というか、そういう会社ほどヤバいのではと思いたくなるほどだ。
運送業界はかなり厳しいんだろうね。

イオンといえば、ダイエーに代わる流通業界の雄として
一世を風靡したのがついこの間のように思っていたけど、
衣料品の不振で売り上げの回復が見込めない店舗を閉鎖するらしい。
幹部のコメントによると「これまでの出店ペースは速すぎた」だって。
そんなの誰の目にも明らかだったよね。
流通業界って、いつまでたってもこのパターンをやめないよね。
コストカットで突破口を開いたらあとは出店攻勢って
ワンパターンもいいところだよ。
うちの近所のマックスバリュがつぶれないうちにめぼしい品物買い占めとこ。
って、そこまで切羽詰まってないけどね。

しかし、リンガーハットはヤバいぞ。
上場以来最大の赤字で、全店の8%にあたる46店を閉鎖する方針だって。
閉店する店舗には「浜勝」も入ってるらしい。
中国2の中にうちの近所の店が含まれてたらどうしよ。

だって最近、明らかにサービスが低下してたもんね。
あからさまにコストをカットしてるし、
こうなると完全に負のスパイラルだよね。
サービスが低下して評判が悪くなる、評判が悪いので人が来なくなる
客が減るのでさらにサービスが低下する、ついでに従業員・バイトの質が下がる
その典型みたいだったもの、近所の店。

ヨーロッパを中心に、1800年代から1900年代まで続いた音楽。
文学・美術・哲学の分野で起こったロマン主義運動と連動し
古典派音楽を発展させたものらしい。

個人的には、ロマン派ってなんか嫌い。
特に合唱の分野では全く興味がないといっていいくらい嫌い。
と思っていたけど、その理由についてはあまり考えたことがなかった。

というわけで、あらためて嫌いな理由を挙げてみる。

1)なんか、脂ギトギトのフランス料理を食べているみたいでしつこい。

2)とくに松葉(クレッシェンド&デクレッシェンド)の表現が大げさで
大映テレビのドラマを見ているようで醒める。

3)メロディー偏重で、音楽の構造そのものに面白みがない。

といったところか。

器楽の分野ではブラームスを筆頭にベルリオーズやシューマンなど
あんまり嫌いじゃないなぁ。
きっと、合唱の方がこの嫌な部分を強調する傾向にあるのだな。

さしずめ、
4)のど自慢的で、攻撃一辺倒の“ばっちい”演奏が多い。
って感じなのかな。

でも、よく考えたら
ロマン派でも、プレイヤーが頭を使って演奏すれば
“知的”で深みのある演奏ができるってことかもね。
もちろん曲によって限界はあるだろうけど。

そういうわけで今、
ブラームスの「ドイツレクイエム」に取り組んでいます。
実はこの曲、私が生まれて初めて買った合唱のレコードです。
演奏者はショルティ&CSO。ソプラノはキリ・テ・カナワです。

ロマン派嫌いがなぜこれを買ったかというと、
フォーレ以外のレクイエムが欲しかったから(だったと思う)。
これがショルティとの出会いでもあったのだな。
今回、ドイツレクイエムを演奏するにあたり
何枚もCDを聞いたんだけど、これが私のベスト盤だったね。
オケだけでいうと、必ずしもCSOが最高ではないんだけど
(カラヤン&BPOの2回目とかバリ巧!)
トータルとして、特に合唱のクオリティが高かった。
というか、合唱がひどすぎる盤の多いこと。

とはいうものの、この曲
美しい部分があったかと思うと演奏者に丸投げの部分があったりで
テンポ設定だとか、音色の作り方だとか、デュナーミクだとか
何か一つが間違っただけで、とっても不味い料理になってしまう感じ。
そのくせ、こんなところでこんな風に歌わせるなよ!みたいなのも多い。
まあ、あり得ない曲という意味では古典派でも
ベートーベンのような例もあるわけだから、
時代というよりは地域性みたいなものか?
でも、バッハのような厳格な感じはないもんな。

もっとも“まだ交響曲を書くほど勉強していない”頃の作品なので
細部を見ていけば色々と未熟な部分はあるみたい。
ぶっちゃけていうと4つの交響曲ほどのクオリティはない。

こりゃ、名演奏が少ないわけだ。

あ、あともう一つ思い出した。
ロマン派の何が嫌いって、ロマン派が好きな人にろくな人がいないこと。

偏見といわれるかもしれないけど、
ロマン派が好きな人って、何でもカンタービレにしてしまう傾向があって
特にバロック以前の音楽が上手く歌えない人が多いよね。
きっと、自分が気持ちよく歌うことが一番大事で、
他パートや器楽との対話とか、他者を引き立てるとかに興味がない。
きっとそういう人が嫌いなんだな。俺。

きょうの「題名のない音楽会」は常磐津×ブルーマングループ。
久しぶりに「題名」を見たって気がした。

黛俊郎が他界した後、武田鉄矢、羽田健太郎がMCを務めたけど、
いずれもやや大衆寄りで、アカデミックな内容が減ってしまっていた。

佐渡裕へのバトンタッチが発表されたとき
実はかなり期待したんだけれど、これまであまり満たされていない。
特に「振ってみましょう」や「吹奏楽クリニック」などは
番組というよりはむしろイベントで
視聴者には得るものが少なかった感は否めない。

そんな中で今回の企画は、内容の掘り下げは甘かったものの
今後に期待を持たせるものだったと思う。

特に、ブルーマンがオウム返しに常磐津の猿まねをして、
それが「ドラえもんのうた」に変わる件は秀逸だった。
演奏だけではなく、笑いの要素も取り入れている
ブルーマンならではの仕掛けだし、
“ドラえ~もん”のメロディーに含まれる微分音は
常磐津ならではの歌い回しで自然に処理されていた。
浄瑠璃の「はい、タケコプター。はっはっは」も最高だった。

これを見て、かつて黛時代に和楽器による「ボレロ」を思い出した。
黛自身の編曲だったのか、それとも前田憲男か誰かだったのか分からないが
オリジナル楽器に勝るとも劣らない、迫力のある演奏だった。

指揮者である佐渡は、作曲家の黛とはやはり視点が違うだろうが
こうした、音楽の仕組みをアカデミックに楽しませてくれる企画も
たまにでいいので手がけて欲しいと思う。

ところで、ブルーマンが演奏するオリジナル楽器って
バンブーオーケストラと基本的に同じだよね。
竹ではなく排気ダクトなのでちょっと薄っぺらい音だけど。