去年のこの日、
ただただ2011年始まって、
初のC&KのLIVEが見れると、
喜んで、仕事を振休を取って、
昼過ぎまでゆっくり寝てました。
TVを消し忘れて寝ていたせいか、
今思えば流れているニュースが、
無意識に脳内に流れてきていたのか、
東京から大阪へ、
津波から逃げるため、
ただただ車で走る夢に怯え、
季節はずれに冷や汗をかきながら、
目を覚ましましたのをハッキリ覚えています。
なぜこんな夢を見たのか、その時は分からず、
何も知らずにLIVEの時間が迫ってきていて、
あわてて出かける準備をして、
BIG CATへ。。。
軽い食事だけでもと思い、
CAFEでお茶をしていると、
当時の支店長から個人携帯へ着信。。。
まずこんなこと普段はないので、
え!?
なんか仕事で重大なミスでも起こした???
と、不安になりながらTELに出ると、
『やっとつながった。お前だけ安否確認の返事なかったんだけど?』
『?????』
ちんぷんかんぷんなワタシ。
『親父さんとこも津波とか注意報出てるけど、大丈夫なのか?』
『えっ???大丈夫でしょ?聞いてないですけど(笑)』
なんて、普段のよくある地震程度に思って答えてました。
そこから少しずつコトの重大さに気付き、
慌てて、ケータイで知れる限りの情報を確認。
それでも阪神淡路大震災と同じくらいの震災かな?
ヤバイな…
けど、逆にそれなら時間がたてばきっと…
と、心の中のどっかで思っていたのかもしれません。
そのままLIVEを楽しみ、
家に帰ってから地震はもちろん、
津波、
原発、
東北はモチロン、
首都圏でのパニックを知り、
それでもまだ状況が分かってないまま、
仙台や首都圏にいる、
お世話になっていた元上司や、
先輩方が心配になって、
何も考えずメールしてしまって、
今も後悔してます。
何かしたくても、
何かすることで逆に迷惑をかける、
何もできない、
何もしていない、
自分の無力さを知り、
結局気付けば1年がたってました。
今日わざわざ、
3.11.
を忘れない…
言うのは簡単やけど、
結局自分のこととしてどう感じるかは、
人それぞれ…
その感じ方、捕らえ方に違いがあって当然なわけで…
きっと、被災した人にすれば、
1日たりとも忘れられるわけがない。
まだ何も解決していないやろうし、
現在進行形。
振り返るんぢゃなくて、
今目の前の生活がまだ震災中。
ましてや急に大切な人を失う悲しみなんて、
想像をはるかに超えてるんやろうなって…
所詮、その人の気持ちは分かりたいけど、
分かろうとはするけど、完全には分かれない。
これは日々の生活でも一緒やなぁと、
嫌ってくらい最近痛感してます。
不幸中の幸いにも、
小5やった阪神淡路大震災のときは、
自分自身も大阪で震度5?とかで、
家の中のモノ倒れまくって、
自分にも洋服ラックやら、
電気傘落ちてきたり、
電気も水も止まって、
それでもケガ1つなくって…。
被害のひどかった東灘に住んでた
当時妊娠中やった、
いとこも幸い母子ともに無事で、
そのときお腹にいた子ももう高校生…。
もし、自分の部屋で寝てたら、
シャンデリア的な、
電気全部割れてたし、
自分に刺さってて、
大ケガしてたか、
下手したら命落としてたかもしれん。
そういう自分自身の命の危険を感じる瞬間を、
この28年で震災も含め何回か体験してます。
モチロン、大切な人や命との別れも経験しました。
だからこそ、
何もできないワタシにとっての
1.17./3.11.は、
日々の当たり前のような毎日に、
日々の当たり前のようにいてくれる、
家族、
友達、
上司、
先輩、
後輩、
自分を支えてくれる全ての人に、
自分の周りにいてくれる全ての人に、
感謝の気持ちを気付かせてくれる日。
何かを、誰かを犠牲にしながらも、
生かされてる自分に何ができるか考えながら、
多少辛くても、しんどくても、
体に不自由なく、
生きて悩めることは、
幸運なことで、
ちゃんと向き合って生き続けるコト。
いい加減な性格の自分の永遠のテーマ
never forget sincerity…
(誠実さを決して忘れない。)
スグにいい加減に接してしまう、
それでも見捨てずに、
私を支えてくれる、
見守ってくれる、
甘えさせてくれる、
皆さんへ…
何度も手放しかけて 何度も泣かせてゴメン…。
『それでもそばにいてくれますか?』
変わらぬ愛と笑顔のままで
どんな未来が待っててもあなたを守り抜きたい
どんな未来が待っててもあなたと生きていきたい
去年、
2011.3.11.震災直後にライブで聞いたこの曲、
2011.3.15.リリースされたこの曲、
もともとはウエディングソングやけど、
もっとデッカイ『愛』とか『絆』も含め、
この1年色んなキモチと思いの中でこの曲を歌い続けたartistC&Kのこと、
この曲と共に、色々あったこの1年、このキモチ、きっと一生忘れないと思います。
もしも忘れそうな時はこの曲を聴いて思い出します。
キレイごとばっか言ってても、
スグへこたれるし、
愚痴ってしまうし、
怠けるし、
弱音も吐くけど、
何かを犠牲にして生きてる命、
どんな未来が待ってても生きていきたいです。
こんなワタシですが、これからも、
『ぼくのとなりにいてくれませんか?』
ただただ2011年始まって、
初のC&KのLIVEが見れると、
喜んで、仕事を振休を取って、
昼過ぎまでゆっくり寝てました。
TVを消し忘れて寝ていたせいか、
今思えば流れているニュースが、
無意識に脳内に流れてきていたのか、
東京から大阪へ、
津波から逃げるため、
ただただ車で走る夢に怯え、
季節はずれに冷や汗をかきながら、
目を覚ましましたのをハッキリ覚えています。
なぜこんな夢を見たのか、その時は分からず、
何も知らずにLIVEの時間が迫ってきていて、
あわてて出かける準備をして、
BIG CATへ。。。
軽い食事だけでもと思い、
CAFEでお茶をしていると、
当時の支店長から個人携帯へ着信。。。
まずこんなこと普段はないので、
え!?
なんか仕事で重大なミスでも起こした???
と、不安になりながらTELに出ると、
『やっとつながった。お前だけ安否確認の返事なかったんだけど?』
『?????』
ちんぷんかんぷんなワタシ。
『親父さんとこも津波とか注意報出てるけど、大丈夫なのか?』
『えっ???大丈夫でしょ?聞いてないですけど(笑)』
なんて、普段のよくある地震程度に思って答えてました。
そこから少しずつコトの重大さに気付き、
慌てて、ケータイで知れる限りの情報を確認。
それでも阪神淡路大震災と同じくらいの震災かな?
ヤバイな…
けど、逆にそれなら時間がたてばきっと…
と、心の中のどっかで思っていたのかもしれません。
そのままLIVEを楽しみ、
家に帰ってから地震はもちろん、
津波、
原発、
東北はモチロン、
首都圏でのパニックを知り、
それでもまだ状況が分かってないまま、
仙台や首都圏にいる、
お世話になっていた元上司や、
先輩方が心配になって、
何も考えずメールしてしまって、
今も後悔してます。
何かしたくても、
何かすることで逆に迷惑をかける、
何もできない、
何もしていない、
自分の無力さを知り、
結局気付けば1年がたってました。
今日わざわざ、
3.11.
を忘れない…
言うのは簡単やけど、
結局自分のこととしてどう感じるかは、
人それぞれ…
その感じ方、捕らえ方に違いがあって当然なわけで…
きっと、被災した人にすれば、
1日たりとも忘れられるわけがない。
まだ何も解決していないやろうし、
現在進行形。
振り返るんぢゃなくて、
今目の前の生活がまだ震災中。
ましてや急に大切な人を失う悲しみなんて、
想像をはるかに超えてるんやろうなって…
所詮、その人の気持ちは分かりたいけど、
分かろうとはするけど、完全には分かれない。
これは日々の生活でも一緒やなぁと、
嫌ってくらい最近痛感してます。
不幸中の幸いにも、
小5やった阪神淡路大震災のときは、
自分自身も大阪で震度5?とかで、
家の中のモノ倒れまくって、
自分にも洋服ラックやら、
電気傘落ちてきたり、
電気も水も止まって、
それでもケガ1つなくって…。
被害のひどかった東灘に住んでた
当時妊娠中やった、
いとこも幸い母子ともに無事で、
そのときお腹にいた子ももう高校生…。
もし、自分の部屋で寝てたら、
シャンデリア的な、
電気全部割れてたし、
自分に刺さってて、
大ケガしてたか、
下手したら命落としてたかもしれん。
そういう自分自身の命の危険を感じる瞬間を、
この28年で震災も含め何回か体験してます。
モチロン、大切な人や命との別れも経験しました。
だからこそ、
何もできないワタシにとっての
1.17./3.11.は、
日々の当たり前のような毎日に、
日々の当たり前のようにいてくれる、
家族、
友達、
上司、
先輩、
後輩、
自分を支えてくれる全ての人に、
自分の周りにいてくれる全ての人に、
感謝の気持ちを気付かせてくれる日。
何かを、誰かを犠牲にしながらも、
生かされてる自分に何ができるか考えながら、
多少辛くても、しんどくても、
体に不自由なく、
生きて悩めることは、
幸運なことで、
ちゃんと向き合って生き続けるコト。
いい加減な性格の自分の永遠のテーマ
never forget sincerity…
(誠実さを決して忘れない。)
スグにいい加減に接してしまう、
それでも見捨てずに、
私を支えてくれる、
見守ってくれる、
甘えさせてくれる、
皆さんへ…
何度も手放しかけて 何度も泣かせてゴメン…。
『それでもそばにいてくれますか?』
変わらぬ愛と笑顔のままで
どんな未来が待っててもあなたを守り抜きたい
どんな未来が待っててもあなたと生きていきたい
去年、
2011.3.11.震災直後にライブで聞いたこの曲、
2011.3.15.リリースされたこの曲、
もともとはウエディングソングやけど、
もっとデッカイ『愛』とか『絆』も含め、
この1年色んなキモチと思いの中でこの曲を歌い続けたartistC&Kのこと、
この曲と共に、色々あったこの1年、このキモチ、きっと一生忘れないと思います。
もしも忘れそうな時はこの曲を聴いて思い出します。
キレイごとばっか言ってても、
スグへこたれるし、
愚痴ってしまうし、
怠けるし、
弱音も吐くけど、
何かを犠牲にして生きてる命、
どんな未来が待ってても生きていきたいです。
こんなワタシですが、これからも、
『ぼくのとなりにいてくれませんか?』