体調も回復して、しなくてはならないことができた週末。感情が高ぶることもなく、相手の人がしきりにSNS投稿されているらしいのを、視界の片隅で観察している。
ツインフレイムの相手の人がいなくても、身体の不調にも対処できるし、あれだけ執着していた思いもとくにない。夢の中にいてもいなくても、感情が左右されることはない。
相手の環境が変わればいいのにとは思うけど、それは相手たちが決めることだし、私の問題じゃないし、わたしゃ、知らん。このまま、心の中に思い出として楽しむだけでもいいや。
あるいは、あれってほんとうに、何かあったのかしら。私の勘違いだったんじゃないの?
と思い始めたときに、相手の人が、こんなことになるまでの間、一貫して、私にSNSで直接のメッセージを送ってください、日々の体調やわからないことや、思ってることや悩みを書いてください、返事ができるときにはしますから、と、対面でも、メッセージでも伝え続けていたことを思いだしました。
私から、メッセージを送らなくなるタイミングは何回かあって、その次に送ったときに、必ずそんなふうにして、これまでどおり、いつでも書いて送ってくださいと言われ続けていたのでした。
相手の人の心のなかに、私からのメッセージを受け取りたい、という思いが、拒絶、という行動に至る直前まで存在していて、葛藤していたのだろうな、とわかりました