イベント期が終わる寂しさを、これから何回味わうとしても | 統合がゴールではない

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生きている中で、twin flame relationship、またはいわゆるツインレイと言われている人間関係の、別離期間(サイレント期間)の渦中にいます。ときにはポジティブに、ときには弱音を吐きながら、思ったことや学んだことを気ままにマイペースで書いて行こうと思っています

去年、別離期間が始まったころの心身の状態と比べれば格段に安定してはいるんだけれど、 


今日も午前中は作業がはかどったし、思い出深いスーパーへの買い物もポジティブな気持ちでこなしたけれど、



このようにして何事もなくお正月が終わってしまうことの寂しさを無視することはできません。


気にしない、気にしない、と言い聞かせながらも、スマホを手にとると、つい、ツインフレイムの相手と思しき人とやりとりしたSNSに近づいてしまう。


こちらからは開かない、と、きめているので、開きませんが。


古来より、イザナギのみことにしても鶴の恩返しにしても、つい気になって、相手にわからなければ、ちょっとだけならいいかと思って見てしまう行為は、悪い結果につながると、物語のなかで警告さるています。私の場合は相手に見るなと言われたわけではないしブロックもされていませんが、見ない、と決めたときの精神状態は最悪で、その前までは、相手の人について理解したいと思っていたこともあり、別離期間が始まる前よりも執拗にみた時期があった。それで、もう、十分みた、と思えたので、見るのをやめた。


ちなみに、そのころユーチューブで聞いていた日本語の機械音声によるツインレイ関連の動画で、別離期間を乗り切るために、SNSでチェイサーがランナーをブロックしました、みたいなことが、誇らしげに話されていたのですが、私は、自分から相手をブロックするのは違うと思いました。


自分が決意してみないということと、相手をブロックするのは違うかな。だって、相手が戻ってきたいと思ったときにどうするの?幸せの黄色いハンカチを、よく見えるところに掲げていないでどうするの?


そんなわけで、去年そうしたように、今年も、来月になったらチョコレートを用意するし、賞味期限が来るまで会えなければ自分で食べるし、その次の一年間のイベントも、いつ再会しても大丈夫なように整えておくつもりです。そのイベント期が過ぎるたびに、同じような寂しさを感じたとしても、