人間の体は、五感とその時の感情に対して反応するようにできています。例えば、梅干の場合は、梅干を見る→梅干は酸っぱいと認識する→唾液が出てくる。野菜のきのこの場合には、そのものの形が見えている場合には、自分の嫌いな食材を見る→脳が苦手食材を認識する→何らかの反応をする。

 ここで最後に「何らかの反応をする」と書いたのは、脳が苦手食材を認識したときのその個人の感情がどう動くかで結果が変わってくるからです。ここで「食べたくない。」と思えば、食べれないでしょうし、「苦手だけど食べてみよう。」と思えば、多少なりとも食べられる場合もありますし、食べてみたら意外に美味しかったことに気付くなんてこともあります。そこにくると、そのものの原型をとどめていなければ食べられるというのは、結局のところ、人間の食べ物の好き嫌いというのは、アレルギーでもない限りは、そのものを食べたくないという「意識」が妨げとなってそのものを「食べる」という行動を「抑制」しているにすぎないのです。だから、自分の苦手な食材を視覚で認識することなければ、脳も別段そのことに関してに認識もしないので、ただ「食べる」という行動命令に従えるのです。

 

だから、大概のことは「意識」一つで何とか乗り越えられます。「病は気の持ちよう」の感覚です。

でも、だからといって闇雲に苦手なものに首を突っ込まなくてもいいですね・・・「君子危うきに近寄らず」

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