昔の自分に恥じらいを持てるのあれば、
それこそ立派に成長している証拠ではないだろうか。
昔の自分を恥ずかしく思えている自分というのは
もはや今この時点にはいないのだから。
だから
恥ずかしさを感じることができるのである。
昔の自分は全然なっちゃいなかったな。
なんであんなことが出来たのだろうか。
そうやって自分を見られている
ということは
要は客観的になれているということ。
だからやっぱり
そういうときが一番成長を感じられるのかもしれない。
自分自身を恥ずかしく思う事は
恥ではない。
いけないのは
恥ずかしく思っている事を
知らぬふりをしてしまうことだ。
そういった
自分をだますような行為が本当の恥なのだ。
だから、
自分自身が恥ずかしくなることが
あるのであれば
大いに恥ずかしがっていればいい。
そうしてもう一つ。
恥ずかしい自分を感じたのであれば
その自分から抜けようとすることを
しなければいけない。
そう出来ないのであれば
それは
恥を感じていないことと同じだ。
本当に恥を感じているのであれば
今すぐにでも
その自分からは抜け出したくなるような物である。
だから、
恥を感じない自分になろうとして
そして
それから抜け出せて初めて
自分自身の恥を受け止めているということになる。
自分自身の恥から
目を背けている時、
それはきっと一番成長から逃げているときなのであろう。