自由と束縛
こんなことがよく言われる。
しかし、
本当の自由とは
ある意味において束縛のことを言う。
つまり
自由は束縛なのだ。
それはなぜか?
自由というのは
なんでも出来る
お金や時間があるという風に思うかもしれない。
でもなんでも出来たとしても
なにがやりたいのかわからなければ
これほどの苦痛はないのかもしれない。
だからそう考えると、
なんでも出来る=自由
ということではないということがいえる。
ではなにが自由かといえば、
自分がそれを確固たる意思でやっていると言える時、
人はそれを自由と呼べる。
なにをやるかはなんでもいい。
仕事でも遊びでも、
寝る事でも。
なんでもいいから
自分がそのことを選んでいるという時、
自由ということがなりたつのだ。
で、
なにかを選ぶということは
その対象の中に飛びこむということ。
もう一度言うが
この場合
その対象はなんだっていい。
そして
なにかに飛び込むということは
その対象に対して
自分が一体になるということだ。
仕事なら仕事と
遊びなら遊びと
寝るなら寝るということと。
ということはその時点で
その対象から束縛を受けているということがいえるのではないだろうか。
自由とは束縛のことだ。
人は結局なにかしらの束縛は絶対に受けている。
そうであるのならば、
自らの意思によって
その束縛を受けるべきなのだ。
それが自由ということなのだから。