すべては結果的にわかるもの。
結果的にわかるということは
今はわからないということ、
未来になってわかるという意味だ。
だから
今認識しているものが
未来になると別の認識に変化する可能性があるということ。
今の認識がすべてではないということだ。
ちょっと抽象的なことだから
具体例を出してみたい。
例えば、
本屋で見つけたなにげなしに手に取った本が
人生の大きな転機となった。
そんな人がいるだろう。
でもそれは
手に取った時は
まだその大きさには気がつけていないはずなのだ。
それを読んでみて、
いろいろと取り組んでいくなかで
あああの出来事は
自分にとって大きな出来事だったんだなと
気がつけるのである。
つまりは
未来になってみて
結果的にわかるものということだ。
こんなことは
大きなものから小さなものまで
考えてみれば
非常に多く存在している。
というか
すべての出来事ある意味において
これにそうとうしている。
つまり
すべての出来事が
今の尺度では本当ははかれないということ。
すべての出来事が
どんな意味合いになるかというのは
未来になってみて
結果的にわかるということなのだ。
だから、
なにかを始める今に
あーだこーだと考える意味はそこまでない。
やりたいと素直に思うのであれば
そこに飛び込んでいけば良い。
きっと未来になれば
いい結果が結びついていくはずだから。