自己啓発を読む人の特徴として
いろいろいえるのかもしれない。
成長意欲があるだとか
勉強熱心だとか
人生を変えていきたい
などといったことから
そういう本を読むのだろう。
でも
ひとついえることはこういうこと。
読んでいる時点において
その本に書いてあることが
本人はできていないということだ。
本人の中にそれが
ないから外にある情報を探し、
自分の中に吸収しようとする。
吸収できるかどうかは
その後の行動しだいということに
なってくるのだろうが、
ここでの論点は
勉強している人は
その勉強していることが
自分自身に欠けているということ。
これを
ポジティブに解釈すれば
勉強熱心で、
成長意欲があるといえるのかもしれない。
ネガティブに解釈するのであれば、
そういう本を読んでいない人よりも
出来ていないということもいえるのだ。
だから
自己啓発を読む読まないには
良い悪いという解釈は生まれてこない。
自己啓発を勉強してきた人は
自分が自己啓発で成長してきた自負があるからだろうか
そういうものを進める。
しかしこれは間違っていると思う。
結局なにで成長を果たすかはその人自身。
私は自己啓発を勉強してきたが、
はっきり言えることは
どっちでもいいんじゃないかな。
ということ。
勉強したければすればいいし、
勉強したくなければしなければいい。
そして大切なことは
自己啓発を勉強したからといって成長するのではない。
日々の生活の中で思い悩み迷うから
成長していくのだ。
そこさえおさえておけば
自己啓発を勉強することなんていうのは
本当にどっちでもいいことなのではないか。