なにか新しいものを
作ろうとした場合、
なにもないところに
つくろうとしたら
それはもう自由になんでもつくることができるだろう。
しかし、
なにかあるところに
つくろうとしたら
そのあるものをベースに
考えていかなければいけない。
そうなると
全く新しいものを作るということは
なかなか難しくなってくる。
だから
なにかある場合で
新しいものをつくるろうと思ったら
そのあるものを一度
破壊しなければ
創造は生まれないということだ。
これは
人でも同じことがいえる。
多少の変化であれば
それはなにかを付け加えるだけで良い。
しかし
そうではなく
全く新しい自分になっていくためには
そこには一度破壊が必要になってくるということ。
そして
この破壊は苦しい。
破壊だからそれは当然なのだが。
苦しみを抱くことは
誰もが望まないことだろう、
しかし
その苦しみにも
なにかしらの意味があると
信じることが出来るのであれば
その苦しみを今まで以上に受け入れることが
できるのではないだろうか。
とにかく、破壊は苦しい
でもそれは
ただの苦しみではなく
新しい創造のための苦しみなのだ。
だから
破壊が終わった後は
とても清々しい気持ちが待っている。
それが新しい創造の始まりの合図だ。
そのころにはきっと破壊をありがためるだろう。