だから一面的には語ることができない。
生物的も役割的にも、性格的にも気分的にも
あらゆる面において、そのときどきの状況において
移り変わっていく。
それは自分のことに照らし合わせて
みればよくわかるだろう。
生物的も役割的にも、性格的にも気分的にも
常にいっていではないはずだ。
常々移り変わっているのは言うまでもないだろう。
それは自分自身が一番よく知っている事なのだ。
しかし
このことを他人に照らし合わせみると
とたんにそのことを忘れてしまう。
つまり
あの人はこういう人だとか
この人はそういう人だなどと
勝手に自己像をつくってしまっているのだ。
そして、
そのそれをつくってしまっていることにより
その人の違う面を見られなくなっているということなのである。
だから
良く知っている人であったとしても
それは
一面的なものなのが
非常に大きい可能性があるということなのだ。
一見人を理解しているように
もしも思っているとしたら
それは気をつけなければいけない。
その理解しているものが
一面的なのか多面的に見ているのかということを。
そして多面的もどこまでいけば
正解というものはないのだろう。
どこまでいっても
知らない面とういものは存在する。
そいうものがあって初めて人を
理解出来るというスタート地点に立てるのだ。
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