今夜は我が家にお客さんが六人ほど来てくれました。
楽しく充実したひと時でした。

今日もマルコ1章です。

家に人を招いているシーンです。


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すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。
ヤコブとヨハネも一緒であった。

シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。
イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。

夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。
町中の人が、戸口に集まった。

  マルコによる福音書1:29-33
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シモン(ペトロのことです)と弟のアンデレは、イエス、ヤコブ、ヨハネを自分の家に招きました。


ペトロはその時、既に結婚していました。

ちなみに使徒パウロの書いた手紙の中に次のような一節があります。

「わたしたちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、
 信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。」
                          (コリント9:5)

ケファはペトロのこと(彼にはいろいろな呼び名がありますね)、
ペトロはよく奥さんを連れ歩いていたようです。

ペトロとアンデレが仲間を連れ帰ったとき家に奥さんがいたかどうか、ここを読む限りわかりませんが、
奥さんのお母さん、つまりペトロのしゅうとめがいたのは確かです。

それにしても、この家のメンバー構成には興味深いものがあります。
イエスに呼ばれた当時、ペトロは、自分の妻、妻の母、そして自分の弟と一緒に生活していました。
(他にもまだいたかもしれませんが定かではありません)


とにかく、ペトロとアンデレは家に仲間に開放しました。

おかげで病気のしょうとはいやされます。

この日の午後はしゅうとのもてなしで一同楽しいひと時を過ごしたことでしょう。

夕方、ものすごい数の人々がこの家の戸口を訪れることになるのですが・・・。


皆さんは友人や同僚を家に招くことがありますか?

家に招かれるというのは、招かれる方にとっても特別な感じがするものです。

それは一種のおもてなしです。


こんな言葉があります。

「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。
 そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。」
                              (ヘブライ13:2)

聖書では見ず知らずの旅人ですら、もてなすことを勧めています。


家庭を開放したといえば、アキラとプリスキラという夫婦の存在が新約聖書に記されています。
彼らはある時期、使徒パウロを自分たちの家に一緒に住まわせました。
(使徒18章参照)

また、このようなこともありました。
「このアポロが会堂で大胆に教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、
彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。」(使徒18:26)

雄弁な説教者アポロが素直にこの夫婦の説明を聞き入れた背景には、
彼らの温かい家庭の雰囲気が影響していたのかもしれません。

彼らは引っ越す先々で「家の教会」(Ⅰコリント16:19、ローマ16:5)を開きました。


家庭というものの存在が多くの義の実を結んでいるのがわかります。


皆さんもご家庭に人を招いてみてはいかがでしょう?


招いた人が実は天使だったというサプライズは無いにしても、
家をきれいに掃除しなければならなくなる、
家族のギビング度が明らかになる等、
様々な効果が生じるとことでしょう。