前回も冒頭に触れましたが、聖書には四種類の福音書が登場します。
イエスという存在を四つの違った視点から綴ってくれているのは、
私たち後世に生きる者にとって、ありがたいことと言えるのではないでしょうか。
このブログは前回から『マルコによる福音書』の紹介に入っていますが、
『マタイによる福音書』で既に紹介した内容と重複する部分が出てくるかもしれません。
巷では、学習効果はインパクトと回数によってもたらされるとも言われています。
繰り返しはものごとを吸収するうえでとても有効だということです。
そんな訳で、『マタイによる福音書』の紹介で取り上げた内容かどうかは、あまりこだわらずに、
必要だと感じた部分をその日、その時、感じたままの切り口で皆さんに紹介していきたいと思っています。
では、さっそく今日の聖書の言葉に入りましょう。
「道を準備」した洗礼者ヨハネのもとにイエスがやって来ます。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
マルコによる福音書1:9-11
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたのはおよそ三十歳(ルカ3:23)。
それまで、イエスは周囲の人から大工のヨセフの子とみなされていました。
洗礼の水から上がると「聖霊が鳩のように目に見える姿で」(ルカ3:22)降ると共に、
天からの声が聞こえてきました。
「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」
イエスとは一体何者なのか、アイデンティティーを確認するようなメッセージです。
それは、「あなたはメシアである」でも「あなたは信仰の創始者である」でもありませんでした。
(事実そうなのではありますが)
神にとってイエスは、何といっても「わたしの愛する子」であり、「わたしの心に適う者」だったのでしょう。
神のイエスに対する愛情がこのとき公に宣言されました。
洗礼を境に宣教生活へと突入したイエスにとって、このメッセージはどのような意味を持っていたのでしょう?
「それゆえ、信仰と希望と愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。」
(Ⅰコリント13:13)
「愛は決して滅びない」(Ⅰコリント13:8)のです。
愛されたという記憶は、最も大いなるものとして子供の胸にいつまでも残ることでしょう。
地位やお金がなくても、最高のプレゼントを子供に与えることができます。
ご自分の愛をお子さんに思いっきり表現してあげてください。
イエスという存在を四つの違った視点から綴ってくれているのは、
私たち後世に生きる者にとって、ありがたいことと言えるのではないでしょうか。
このブログは前回から『マルコによる福音書』の紹介に入っていますが、
『マタイによる福音書』で既に紹介した内容と重複する部分が出てくるかもしれません。
巷では、学習効果はインパクトと回数によってもたらされるとも言われています。
繰り返しはものごとを吸収するうえでとても有効だということです。
そんな訳で、『マタイによる福音書』の紹介で取り上げた内容かどうかは、あまりこだわらずに、
必要だと感じた部分をその日、その時、感じたままの切り口で皆さんに紹介していきたいと思っています。
では、さっそく今日の聖書の言葉に入りましょう。
「道を準備」した洗礼者ヨハネのもとにイエスがやって来ます。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
マルコによる福音書1:9-11
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イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたのはおよそ三十歳(ルカ3:23)。
それまで、イエスは周囲の人から大工のヨセフの子とみなされていました。
洗礼の水から上がると「聖霊が鳩のように目に見える姿で」(ルカ3:22)降ると共に、
天からの声が聞こえてきました。
「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」
イエスとは一体何者なのか、アイデンティティーを確認するようなメッセージです。
それは、「あなたはメシアである」でも「あなたは信仰の創始者である」でもありませんでした。
(事実そうなのではありますが)
神にとってイエスは、何といっても「わたしの愛する子」であり、「わたしの心に適う者」だったのでしょう。
神のイエスに対する愛情がこのとき公に宣言されました。
洗礼を境に宣教生活へと突入したイエスにとって、このメッセージはどのような意味を持っていたのでしょう?
「それゆえ、信仰と希望と愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。」
(Ⅰコリント13:13)
「愛は決して滅びない」(Ⅰコリント13:8)のです。
愛されたという記憶は、最も大いなるものとして子供の胸にいつまでも残ることでしょう。
地位やお金がなくても、最高のプレゼントを子供に与えることができます。
ご自分の愛をお子さんに思いっきり表現してあげてください。