イエスは、死刑に当たる罪を何も犯していないのに十字架につけられました。

十字架刑は人間の考え出した刑罰の中で、最も過酷な刑ではないのでしょうか。

両手首と重ねられた足の甲の三か所を釘で打ちつけられ、木に吊るされます。


このとき、イエスは想像を絶する痛みと苦しみの最中にありました。

十字架につけられてから三時間が経過(マルコ15:25)していました。


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さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。

三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」
これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」という者もいた。
そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。
ほかの人々は、「待って、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。

しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。

そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、
眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。
そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、
「本当に、この人は神の子だった」と言った。

またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。
この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。
その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフの母マリヤ、ゼベダイの子らの母がいた。

  マタイによる福音書27:45-56
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昼の十二時、全地が暗くなり、それが三時間続きます。

皆既日食だったのでしょうか?
つい最近、日本でも46年ぶりに皆既日食が観測されました。
皆さんはどのような感覚を覚えられましたか?

今回、日食の始めから終りまでの時間はおよそ三時間だったようです。

もし、イエスが十字架にかけられてときに起きた現象が皆既日食だったとしたら、
天地を支配する神により定められた計画の偉大さに圧倒されます。


イエスは三時ごろ、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫びます。
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味でした。

一説では、イエスはこのとき詩篇22篇を唱えていたと言われています。

もしそうなら、イエスは苦しみの最中、聖書の言葉に頼っていたのです。
荒れ野で四十日間断食をしたとき、悪魔の誘惑に聖書の言葉で対抗したイエスが、
このとき御言葉を唱えていたとしても決して不思議ではありません。

そうだとしても、なぜ詩篇22編だったのでしょう?

時間があるなら、ぜひ、詩篇22篇をご覧になってください。
イエスの心情を察することができるかもしれません。

壮絶な戦いを経て、イエスは十字架上で息絶えました。

その瞬間、大地が激しく揺れ動きます。


百人隊長をはじめとする人々は、この一部始終を目撃した後、こう感想を洩らしました。

「本当に、この人は神の子だった」


十字架刑を通し、神との親子関係を人々に印象付けたのです。

十字架上でも最後まで父への忠誠を貫き通し、
神の子供であるとの強烈な印象を世に残し、
イエスは息を引き取りました。