「お父さん」たちと話しをすると、感情的になった奥さんから家でののしられる
という悩みを打ち明けられることが多くあります。

そこで感情的に反応してしまい関係が泥沼にはまることもよくあるようです。

つらいですね。


イエスもののしられたことがありました。
世のお父さんたちとは比較にならないほどの侮辱を彼は受けました。


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それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。
そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、
また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って侮辱した。
また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。
このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。


兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。
そして、ゴルゴダという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、
苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。

彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。
イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。
折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。

そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。
「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りてこい。」

同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。
「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。
 神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」

一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

  マタイによる福音書28:27-44
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イエスは侮辱され、ののしられました。
ローマ兵から、通りがかりの人々から、祭司長たち、律法学者たち、長老たちから、
一緒に十字架につけられた強盗たちから・・・。

「罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった」にもかかわらずです。

イエスはこれにどう対応したのでしょう?

驚くべきことに、彼はののしられてもののしり返すことを一切しませんでした。


「あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、
 その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。
 『この方は罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。』
 ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。

 そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。
 わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。
 そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」
                           (Ⅰペトロ2:21-24)


イエスは模範を残し、いやしをもたらしてくれました。


皆さんは家の中でイエスの残してくれた模範に倣うことができるでしょうか?


彼が十字架にかかったのは、
「わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるため」ということです。


相手を責めるよりも自分が義によって生きることに集中したいものです。