「イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った。
 また、ユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからも
 おびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た。」
                                      (マルコによる福音書3:7-8)

もはやイエスは大変な有名人になっていました。
どこへ行っても「おびただしい群衆」がイエスを一目見ようと集まってきます。
そんな折、彼は久しぶりに故郷の町ナザレに戻ります。


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イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、故郷にお帰りになった。

会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。
「この人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。
 この人は大工の息子ではないか。
 母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
 姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。
 この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう。」

このように、人々はイエスにつまずいた。

イエスは、「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」と言い、
人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。

  マタイによる福音書13:53-58
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イエスはこの町におよそ三十歳まで家族と共に生活していました。
彼は大工でした(マルコ6:3)。

イエスはナザレの会堂で人々を教えました。
彼の話に故郷の人々は驚きます。

「このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう」

故郷の住民はイエスを疑いました。

母親のマリアも弟や妹たちも彼らと同じ町に普通に暮らしていたのです。
その身近さが、イエスに対する信仰のつまずきとなりました。

嘆かわしいことです。

イエスはこの町でこう語りました。

「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」


故郷の人々や家族からは敬われない、それは預言者の宿命のようです。

あまりに身近すぎると、その人の偉大さを見落としてしまうことがあるわけです。


もしかしたら、皆さんのお子さんも大変な逸材であるのに、
親が気づかずにいるのかもしれません。

はたまた、皆さん自身も・・・、
十分に敬われないのは家族の目が節穴だからかも?