「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。
 押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。
 あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」
                       (ルカによる福音書6:38)

イエスは弟子のひとり、ペトロの家に行きました。


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イエスはペトロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。
イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした。

夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。
イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。

それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
「彼はわたしたちの患いを負い、
 わたしたちの病を担った。」

  マタイによる福音書8:14-17
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聖書を読むと、イエスが家を訪問するシーンがしばしば登場します。
この場面ではペトロの家を訪れています。

後に弟子たちのリーダー的存在となるペトロは既にこの時結婚していて、
奥さんのお母さん、つまり、しゅうとめと同居していました。

イエスがペトロの家に入ると、しゅうとめが熱を出して寝込んでいます。

床に伏せっているしゅうとめに近寄り、彼女の手を握るイエス。

すると病に苦しむしゅうとめに変化が現れました。
熱がどこかへ行ってしまったのです。

しゅうとめの心に生じたものは何だったのでしょう?

彼女はイエスの一行(マルコ1:31)をもてなしました。
病み上がりにもかかわらず。


人は過分に与えられると与え返したくなるものです。


皆さんとしゅうとめとの関係はいかがですか?
中にはペトロのように同居されている方もおられるかもしれませんね。

時折、家族の関係が難しいと感じることもあるでしょう。
そんなときに、イエスのこの行為を思い出すといいかもしれません。

イエスはまず慰め癒したのです。

皆さんはしゅうとめの手を取って慰めることができますか?

心の中の「高熱」がすっと消えることはありえなくもないでしょう。


私たちにもイエスの心をまねすることは可能です。

イエスは「わたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った」のです。