「ねぇ、好きな人とかいないの?」
ぶっきらぼうに投げかけた問いかけ。居心地の悪いこの時間を消化するためとはいえ、素直過ぎたその問いかけ。とても不安だった。
真っ赤になった、君の顔を見るまでは。
「えぇーーー!!ユウスケの家、ブルーレイ見れるの!?本当っ!?なんでもっと早く言ってくれないの!?」
「いや、そんな驚くことじゃないでしょ...最近じゃ珍しくも無いし。というか、なんでそれをエリに報告する必要があるんだよ。」
「はいはい私の家にはありませんよー。なに?自慢?まぁいいけど。それより、報告は義務でしょ!?わたし、観たい映画たくさんあったんだからっ!」
報告は義務なんだ(笑)
ただ、「欲しかったアーティストのライブDVDを買った」という他愛のない話から発展したこの会話。何故、エリがこんなに興奮しているかは分からない、けれど「観たい映画がある」というのはどういう意味だ?
「お前まさか、俺の部屋で見る気なのか?」
「決まってるじゃない!わたしの家、ブルーレイのサンプルはたくさん届くのに、なぜかお父さんがプレイヤーを買ってくれないのよねー。『映画は映画館で見るもの』だって!呆れちゃうでしょ?」
エリの父親は映画の配給関係の仕事をしているらしい。その影響もあってかエリは根っからの映画好きだ。
「あぁ、話に聞く限りでは頑固そうだもんな、エリの親父さん。同情してやらなくもない...だが断る!!」
口に手を当て、真剣な表情で一考した素振りをしてからきっぱりと断りをいれる。
「えー!?なんでよ!?チビ!映画くらい良いじゃない!!バカ!」
ばかばかぁ。と俺の肩を叩きながら抗議をするエリ。途中、ちくちくと悪口が投下されていたような気がするが、聞こえなかった事にする。
「あのなぁ。映画くらいっていったって、お前のことだ。いくつもあるんだろ?一度許したら気軽に押しかけて来そうで、嫌だ。」
俺にだってやらないといけない事や、やりたくなる事があるからな...主に、"やりたくなる"事が。エリが自分の都合で押しかけてくるなんて、考えただけでも最悪だ。
「んー...まぁそうだよね...うー...観たかったのにぃ...」
うつむいて「ちぇっ」と唇を尖らせながら呟く。すこし、可哀想か?とも思ったが、ここで許しては絶対にいけない。そう、イけなくなる。色んな意味で。
「わるいな、そういうことなんだ。じゃ、」
「わかった!!なら一本だけなら!いいんでしょ!?よしっ、一本いっとこー!」
あぁ、なにもわかっていないなコイツ。
「なーにが、一本いっとこー!だよ。そんなの」
「ダメだ」と断りを入れる為に振り返ろうとしたその時、
「ねぇっ、だめなの?」
と、顔を寄せて潤んだ瞳で俺を見つめるエリがすぐ近くにいた。近過ぎる。エリの髪の毛から香水?の甘い香りが、ふわりと漂う。
「いや、だめじゃない。一本くらいならいいだろう!」
おぉぉぉぉおおい!?何言ってんの!?俺!?だめだろ?さっきまでの決意はどこにいったんだよ...
「えっへへー。だよね!じゃあ今日の放課後!さっそく、一本いっとこー!」
満足そうに、鼻を鳴らすエリ。くるくると回転しながら自分の席に戻って行く。あーはいはい。今日の放課後ね。まぁ良いか。
「おっけ。わーったよ、しょうがない...」
あまりの変貌っぷりに嘆息しつつも返事をする。あーはいはい。今日の放課後ね。
あーはいはい。今日の放課後ね。って、え?
「いやまて、今日はダメだ!!」
「えっなんで!?さっき良いっていってたのにっ!予定でもあるの?」
行きとは逆回転で、くるくると回りながらもすっ飛んでくるエリ。器用だな...逆再生かよ。っとそんなことより。
「そうだ、今日はダメだ、あれだ。そう、あれをしなきゃならん!あれあれ!」
我ながら完璧な言い訳だぜ☆と、空を見上げ自分の応用力の無さに絶望する。
「あっ...そっか...えっと、なら...仕方ないの...かな?」
珍しく何かを考えているような、そんな目をしながらエリが呟く。おっ?なんか素直だぞ?これはいけたか!?
「うーーん、でも!やっぱり映画が観たい!!
だから、今日はその...我慢、して?...なんか、ごめんね...?」
我慢?なに言って...って違ーーーう!!そういことじゃなくて...
「いや、なんか誤解してる!違うぞ!?」
バンっと机を叩いて、抗議したので他のクラスメイトがこちらを見ている。
「いや、その、なんというか...」
「いいよ、ユウスケ。男の子はそうだよね...仕方ないよ。でも今日は、その...映画、一緒に見ようね?」
「...あぁ。」
エリとクラスメイトに大いなる誤解を受けつつも、エリとの映画鑑賞会の約束が取りつけられた。
それにしても、どうしたものか。
今日は通信販売で注文していた、あの"ブツ"が届く日だ...わざわざ両親の居ない日。今日という日を狙って発注した例のブツが...
「おじゃましまーーす!!」
考えている暇もなくその時が来た。
「遠慮しなくてもいいぞ。今日は親は出かけてるから。」
「ふーん。そうなんだー。」
「おう。」
なんだ?もう少し「えっ...変なことしないでよっ?」とか「わたし...やっぱり、帰るね...」とかそういうのがあってもいいんじゃないか?と考えたが、エリに限ってそれはないな。と、すぐに考えを改めた。
「なにこのベッドふかふかーーー!」
ほらな。最初から遠慮する気なんてねぇわコイツ。
「あんまり飛び跳ねるなよ、スプリングが駄目になる。」
最近の子どもでもそんな事はしない。などと悪態をつきつつ。エリって本当に無邪気だよな。と感心する。
「ねぇ、大変!!」
急に大きな声をあげるエリ。
「どうした!?」
「ここ、沈んで戻って来なくなっちゃったぁ。えへへー」
おいおい...来て早々に人様のベッドを破壊する女がどこにいるんだよ...
「あぁ...まぁ気にすんな...それより、見たい映画はちゃんと持ってきたのか?」
「うん!あったりまえでしょー。それ見る為に来てんだからっ!それに、予想以上にテレビも大きくて、安心してたとこ!」
「あぁそうかい、そうかい。それは良かったなー。まぁ茶でも煎れてくるから待ってろよー。」
相変わらずベッドでポフポフしているエリを尻目に部屋から出る。それよりも考えなくてはならない事があるからだ。
とりあえず、まずは対策を練ろう。ポストに不在通知は無かった。ということは"ブツ"はまだ、これから来る。ブツが来たらナチュラルに受け取る。そして何事も無かったかのように振る舞う。
簡単じゃないか。俺は何を不安になっていたのか。さすがにエリでも人様の荷物を勝手に開けたりはしないだろ。
よし、戻るか。
ガチャ。
「エリ、お前紅茶で大丈夫だったかー?って何してんだ?」
「ううん!?なんでも!?
そそそそその、ユウスケ、なんというかその、黒髪の子が好きなんだね...
あはっ...あははー」
「は?お前なに言って...
ってぇぇぇぇええええ!?」
あれは間違いなく今日届くはずだったブツ!?なぜだ!?なぜ、あんなところにあるんだ!?
目に飛び込んで来たのは楽しみにしていたブツのジャケットと午前中指定の黄色いシール。
午・前・中・指・定!?
ということは母さんが!?
おわった...許さんぞク○ネコ...
「そうだよね...今日はその...そのつもり?...だったんだもんね...」
ちがーーーう!いや、違くはないが...
「その、あれだ、これはその、なんと...いうか」
「えへへ...まぁ、
私は大丈夫だから、映画、観よ?」
「お...おう。」
エリの優しさが心に突き刺さる。
しかし、その優しさに甘える事しかできない俺は、黙って言われるがまま、プレーヤーの電源を入れる。
ポチッ
「んあっ、んあぁ、だめぇ、ひゃっ、んんっ、んんっんあっんあっ」
「君の黒髪...サラサラだねぇ...グヘヘ...」
「んっ、だめぇ、髪の毛でっ、そんなとこいじっちゃあだめぇぇええええ!!んぁぁぁぁああああああああああんっ」
あーー。
母上さま...確認したんですね。
わざわざ、確認したんですね。
ありがとう、プレーヤーにディスクを入れる手間が省けたよ...あは
...あはははは...
そっとテレビの電源を落とし、ディスクを取り出し机の上に置く。
「悪りぃ。俺ちょっとコンビニ行ってくるわ。...プレーヤーの使い方くらいは分かるだろ?先にみてろよ。」
「えっ...あっ、うん。」
顔を真っ赤にしたエリがぼんやりとそう答えた。
はぁやっちまった。
想定もしていなかったほどの最悪の事態。
とりあえずコンビニで何か、そうだな...アイスでも買ってこよう...
トゥルルル ルルーン♪
ルルルルルー♪
「お会計、780円です。はいっ、こちらは"紙袋"にお入れいたしますかー?はいっ、ありがとうございましたー」
ってなに買ってんだ俺!?アイスじゃなかったのかよ!?おい!紙袋って...これじゃあ部屋に戻れねぇじゃねぇかぁぁあ!!
どうやら、そうとう気が動転しているらしい。なぜかいま一番不必要なモノを買ってしまった。
はぁ、まぁ、戻るか...
ガチャ、
「ただいま...
って、電気もつけずになにしてんだよ...映画見なかったのか?」
出かけた時と同じ姿勢のエリがぼーっと座っていた。
「あっ、うん。ユウスケが帰って来るの待っていようかなって。」
えへへっと鼻をこすりながら少しぎこちない笑顔を作る。
ギクシャクとした、時間が痛い。
出来る事ならここから逃げ出したい。なにか、なにか話題があれば、
「ありがと...あの、そのなんだ、変なモノ見せて、悪かったな...」
「うん...いいよ。怒ってないし、ちょっとびっくりしただけだから。」
エリと同じようにベッドを背もたれにして床に座り込む。少し近すぎたかもしれない。
「映画、見るか。」
外からあかね色の夕日がエリの横顔を照らしている。
精一杯気を利かせた問いかけのつもりだった。プレーヤーに手を伸ばしたその時、
「ねぇ、好きな人とかいるの?」
まさか予想もしていなかった問いかけが聞こえた。
「ねぇ、聞いてる?ユウスケって好きなひといるの?」
変な体勢で、あうあうと口を動かす俺を見兼ねてかエリが同じ質問を丁寧にして聞き直す。
「なんだよ、急に」
急すぎる問いかけにあたふたと答える。きっと普段なら「バカ言ってるなよ」と笑い飛ばせたはずの問いかけ。しかし、今日はそれができなかった。
体育座りの膝に顎を隠してこちらを見つめるエリ。その表情は今にも泣き出しそうな瞳をしていた。
「ええっと、
ユウスケは、好きでもない女の子を部屋にあげちゃうのかなって。
ちょっと、思っただけ。」
「はは、なんだそら...あはは」
言葉の真意も何も掴めないまま、相槌を打った。
それから、どのくらい沈黙が続いたのだろう。
長い長い沈黙。
窓ガラス越しに外を走る車の音が聞こえる。
誰一人ピクリともしない部屋の中で、エアコンの冷たい風に揺らされるビニール袋やカーテンが揺れる音が聞こえる。
耳を塞いだ時のように、体を巡る血液の音が聞こえる。
そして、エリが姿勢を変える為に擦れた服の音が聞こえた。
「エリ...」
「なぁに?」
ずっと口をつぐんでいた為か、少し発音の悪い、寝起きのような声色でエリが答える。
「その、なんだ、好きでもない、女の子なんて部屋にあげるわけないし、なんというか、その...」
ゴクリと息を飲み込む。
「俺、エリのこと好きだよ。」
「そっか、私もだよ。」
「私も、ユウスケの事が好き。」
ぼんやりと俺を見つめながら答えるエリ。
赤く染まったその頬が、夕日の色なのか、それとも肌が高揚したもなのかはわからない。
ただ、こわばっていた唇の力がふわりと解かれ、
何かを伝えたような気がした僕は。
そっと彼女にキスをした。
「また映画、見に来てもいい?」
「あぁ、毎日だって構わないさ。」
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