下校中の親子

今週月曜から授業を再開している、一部の小中学校。
ですが、新型コロナウイルスの学校内感染を避けるため、保護者が学校を休ませる「自主欠席」をさせている家庭もあるようです。

自主欠席を選ぶ家庭数

さいたま市教育委員会
・1日も登校していない児童・生徒が48人

岡山市
・自主休校者が1日あたり70人

ワイドショーでこのニュースが報道されていた時、たまたま町内会の役員さんにZoomの使い方を教えていたので、この『自主休校』も当然話題になったので、この自主休校を選択した場合に浴びせられる目や声が、よくわかりました。 

以下は一緒に自主休校を見ていた、小学校に通うお子さんを持つ人達からあがった声です。

自主欠席例① 埼玉県所沢市に住む親子(小学2年)

今年2月から休ませる。
→ 友達とZoomやLINEのテレビ電話で話させる、遠目でも窓からでも会話させるなどのフォローは?

今週月曜から始まった2学期も自主欠席。
→ 本当に子供本人の意思なのか。

自主欠席に対してネガティブなイメージを持たれ、非難の目を向けられるのは認識の上。
→ 母親は覚悟できていても、子供はどうか。「コロナだから休んだ」「ひとりだけ休んでずるい」から逃れるのは、容易ではない。

学校を休ませることを選んだからには親として勉強・運動などはできる限り家庭で行う覚悟。
→「ママが先生」はハードルが高いし、他の子の意見や発見がなく、多角的に物事を捉えられなくなる。

学校から配布される課題のプリントやテストなどを一週間ごとに自宅に郵送してもらい、都度先生に返送して提出しても、1学期終了時の通信簿は「評価なし」として斜線が引かれていた。
→「授業に参加する」が評価の最低条件。入院している子や、不登校からフリースクールへ行っている子とは、わけが違う。
→ 提出だけで評価されたら、出席している子供達の努力やリスクの意味がなくなるし、そもそも学校に来ていないのだから、評価されないのは当然。

自主欠席例② 岡山市に住む親子(小学4年)

毎日の時間割を作って自宅学習
→ せめて担任に作ってもらうなど、学校に協力してもらった方がいい。

母親は政府に対して授業のオンライン化を進めて欲しいと考えている
埼玉の母親も登校かオンライン授業かを各家庭に応じて選べる「登校選択制」を望む
→ 全家庭にタブレットを配布するという、ある自治体の報道があったが、
・タブレットを無料でもらっても、通信費は?
・そもそも全家庭がWi-Fi完備ではない。
・そもそも「ネットに繋ぐ」設定すらできない家庭もある。(そういう意味ではプログラミング教育も、時期尚早だった)
・授業中にエラーなどで聞き漏らした場合、フォローができるのか。
・タブレットやスマートフォンの画面のサイズでは、黒板を写したり、画面分割をした時に、画面が狭すぎて授業にならない。最低限パソコンが必要だと思うが、全家庭への配布は難しいし、タブレット以上に使いこなせなそう。

お母さん達の『本音』は?

ここで質問を投げかけると、子育て中のお母さん達の本音が見えてきました。

「誰かに決めて欲しい」です。

「『自主』休校だから、批判されるんだよね。今、子供達を学校に行かせたいと思ってる親なんかいない。
うちは1000人のマンモス校で、ざっくり考えて、子供が1000人、家族が2000人、全部で3000人。
その3000人に感染者がいないなんて、ファンタジーだよね。でも、そう思わなきゃやってけない」

「もう一度休校って言われたら安心する。仕事も経済も止まるけど、それでもね。ただ、自主休校はね…」

「休ませる判断を批判してるんじゃなくて、『ルールを破ってる』ことを批判してるんだよみんな。日本人はいつもそうじゃん」

「でも、ここで自主休校を公認すると、仕事を休める休めないで、また格差の話になる」

「『平等』なんて元々ないのに、下に合わせるから質が上がらない。って言うのもダメなんでしょ?」

「だからもう、自主とか言わずに、決めちゃってほしい。うちらはそれに対応するだけ。ずっとそうだよ」

ニュースでは、ただ文句を言っているだけに見られがちな子育て世代ですが、この諦めと逞しさは、「お母さん」達でないと持てないのかもしれません。

ただ、最後にこう言っていたお母さんの言葉が、印象に残りました。

「感染が怖くて休ませるなら、まだいい。感染させるのが怖くて休んでる、看護師さんの親子を知ってる。そういう家庭は本当に、なんとかしなきゃいけない」

この人達が、まだ頑張れているうちに、何かしらの方策を立ててほしいものです。