この人について、どのように考えようか……。



家賃が11,000円だから


「取材ですか? 全然構いませんよ。あっ、良ければ部屋にいらしてください」

 6月中旬、神奈川県座間市のアパートに帰宅した男性は、若干の戸惑いを見せながらも、穏やかに本誌記者を部屋に招き入れた。


 眼鏡をかけた優男(やさおとこ)風の彼の名は、安川マサシさん(仮名・41)。今年3月、千葉県から引っ越してきた。


 安川さんが住む部屋は205号室。

 ’17年、自宅アパートで9人の男女を殺害・切断し、世間を震撼させた白石隆浩被告(28)が住んでいた部屋だ。

 白石被告は、自殺願望を持つ人間をこの部屋に呼び寄せ、ロフトから垂らしたロープで首を絞めて殺害。

 その後、浴室で遺体を解体し、猫砂を敷き詰めたクーラーボックスに被害者の頭部を保管していた。


「座布団が無くて恐縮です……」

と言いながら本誌記者に座るよう勧め、自身も正座する安川さん。


 部屋を見回すと、ドアや壁が青く変色している。


「鑑識のための科学捜査に使用した薬品の影響だと思います」


 壁紙は事件当時のままで、白石被告が遺体を解体した浴室も使用しているという。


「壁際に冷蔵庫がありますよね。

 これは事件当時から部屋に備え付けてあったんじゃないかと思います。

 入居して冷蔵庫の扉を開けたらカビていてすごく汚かったので、今は使っていませんが……。

 心霊現象もとくに起こっていませんよ。スイッチを消しても台所の蛍光灯がずっとチカチカ光っていることはありましたが、調べたらただの漏電でした(笑)」


 冗談を言う余裕まで見せてくれた安川さん。

 猟奇的殺人事件が起こった当の現場に暮らす彼だが、いったいなぜ、このアパート、しかもこの部屋を選んだのか。


「家賃の安さが一番の決め手です。共益費を含めて、月に1万1000円なんですよ。

 事件前の家賃は、2万2000円だったかな。敷金礼金などの初期費用も6万円くらいしか掛からなかった。ここまで安いアパートは初めてです」

(引用元 https://news.livedoor.com/article/detail/16703807/ 以下、斜体部分も同様)


 興味本位で住めるレベルの事件ではない。

 彼の語り口からは、事件よりも家賃というか、費用対効果へのこだわりを感じる。

 『この部屋で1万1000円は安い』と、部屋と家賃のバランスに納得して借りているだけで、『安い理由』を脇に置いている


 この人は、なぜこうも達観しているのだろう。

 理由は、彼のこれまでの生活にあった。



治験収入で事故物件生活


「たしかに友達に話すとドン引きされて、『聞きたくなかった』と言われます。

 でも僕としては、過去に何があったかよりも、家賃が安いか、騒音が無いかどうかのほうが重要です。

 その点、今の部屋は静かでとても快適なんです」


 白石被告が逮捕された当時、彼はカリフォルニアにいたため、事件を知ったのはつい最近。


「カリフォルニアにいたのは治験(新薬や医療機器の臨床試験)のため。

 僕、実は15年間引きこもりだったんです。

 3年前、両親から『そろそろ家を出たら?』と言われて最初にした仕事がフィリピンでの治験でした。たった1ヵ月でしたが、世界各国から来た『治験友達』ができて本当に楽しかった。

 それから海外の治験アルバイトでお金を稼ぐようになったんです。

 お給料の相場は、1週間で30万円くらい。交通費も出ます。ちなみに、2~3日前にヨーロッパから帰ってきました。もちろん、目的は治験でしたよ」


 安価な事故物件で、治験生活……。


 彼を批判するのは簡単だが、誰にも迷惑をかけていないどころか、治験で医学の発展に貢献している。

 しかも、ひきこもりから自立している。

 稼ぎ方にはやや疑問があるが、それでも、老いていく両親を蝕むように実家に引きこもるよりも、ずっといい。


 それに、事件後にアパートから転居する住人がいなかったことについて、このアパートの大家さんが、よかったと話しているのもニュースで聞いた。


 それはそうだ。

 生活のかかったアパート経営、それなのにあんな事件。善意から安価にした家賃なのに、きっと悲しくなっただろう。

 そんな部屋に入居し、埋めてくれるなんて、大家さんにとってはきっと、ありがたい存在だ。



浴室を掃除しながら


 白石被告は、9人の遺体を浴室で切断した。

 壁や浴槽内も、科学捜査の薬品の跡で、青く変色している。玄関と、部屋を隔てるドア同様だ。


「部屋のどこで何があったか詳しく調べると気味悪くなりそうなので、あまり調べないようにしています」


「とにかく早く住み始めたかった」


 クリーニング無しで入居した彼は、それを少しずつ掃除しながら使っている。


 多くの場合は、殺人事件があったら、まず更地になる。

 その後、何回か名義が変わり、居住希望者への不動産業者からの通知義務がなくなった頃に、売れるか借りるかされ、新しい建物が建ち、何も知らない人が、何事もなかったように暮らし始める。

 それよりはよっぽど、亡くなった人達への供養になるのではと思った。


 建物があれば、事件を思い出す。

 周辺に住む人には気味が悪く、早くなくなってほしいものだが、それは事件が忘れられるということで、被害者やご家族には、きっと、つらいことだ。


 次は、アメリカで治験アルバイトをする予定だという彼。

 治験で部屋を離れることでバランスを取っているのなら、至極まともな人なのかもしれない。