荒井正昭氏は「東京に、家を持とう。」のキャッチフレーズでおなじみの株式会社オープンハウスの創業社長。
 

織田裕二さんが犬に扮したり、TOKIOの長瀬智也さんが小学生役を演じたりしているテレビCMを見たことがある人も多いのではないでしょうか。
 

ここでは、そんな荒井正昭氏について調査!
 

気になる人物像や経歴、トップ営業マン時代、資産額などについて調べてみました。
「荒井正昭氏とはどのような人物なのか?」知りたい人は、ぜひ参考にしてくださいね。
 

オープンハウスのロゴマーク

荒井正昭とはどんな人物?

荒井正昭の顔画像

荒い正昭氏は、不動産仲介・マンション開発会社である株式会社オープンハウスの創業社長。
 

オープンハウスは1996年11月に株式会社アプローズという名称で設立されました。
1997年に現在の株式会社オープンハウスという名前に変更されています。
 

以来、荒井正昭氏が代表取締役として会社を経営。
創業からわずか17年で東証一部上場企業にまで成長させました。

一代でオープンハウスを創業・成長させただけあって、荒井正昭氏は非常にアグレッシブ、負けず嫌いな性格だそう。
 

2013年9月、東証一部に上場した際も「10年以内に連結売上高を5000億円と、2013年9月期予想比で5倍以上に引き上げたい」など野心的なコメントを発表していました。
 

コメント通り、オープンハウスの新井正昭社長は上場3年以内で最も時価総額を伸ばした社長第7位にランクイン(ForbesJAPAN編集部調べ)。
創業20年で3000億円以上の売上を達成しています。

2019年9期2Q(2018年10月~2019年3月)の売上高は2428億4600万円。前年同期比42.9%増という飛躍的な成長を遂げ、売上高・利益ともに過去最高を更新しました。
 

「東京に、家を持とう。」というキャッチコピーとともにさらなる躍進が期待される会社です。
 

出身/年齢/趣味など

荒井正昭氏は1965年生まれ、群馬県出身。中学時代から「年収5000万円、結婚は22歳」という目標を達成するため、司法書士を目指していました。
 

桐生南高等学校卒業後、上京し勉学に励もうとするも、つい都会の魅力に負けて、遊びやアルバイトにふける日々に。大学進学を志すも、結局2浪。母親から群馬県に戻るよう催促されましたが、帰りたくない一心から、司法書士資格の取得のための専門学校の費用を稼ぐため、不動産会社で働くことを決意しました。

 

その後も司法書士になるという夢は叶いませんでしたが、32歳で現在の株式会社オープンハウスを設立することに。
 

趣味に関しては、調べてみましたが、詳しい情報は見つかりませんでした。
仕事一筋の人だからこそ、「趣味=仕事」なのかもしれませんね。
 

荒井正昭氏の経歴/実績

荒井正昭氏は1965年生まれ。
 

実家の父親も不動産業を営んでおり、週2日ぐらいしか働いていなかったそうですが、裕福な家庭だったそうです。
 

そこから、「将来、サラリーマンになる」という自分の姿は思い描けなかったとのこと。
その後、上記の通り、上京するも初めての一人暮らしが楽しくなかなか勉学に励むことができませんでした。

母親が帰郷を促すものの、「田舎には帰りたくない!」という思いから、アルバイト生活を経て歩合制の不動産会社・ユニハウスの営業職に。
 

ここで司法書士資格を取得するための専門学校の学費を稼ごうとしました。
結局、仕事が面白かったこともあり、10年間勤めることに。

その後、「不動産業界で1番の企業を作りたい!」という思いを胸に、株式会社オープンハウスを設立。
オープンハウスは順調に売上を伸ばし続け、2013年8月には東証一部に上場。
 

都内だけでなく名古屋圏やアメリカにも事業進出するなど業容を拡大し、現在も大型のM&Aや海外事業拡大など、さらなる発展を遂げるためさまざまなビジネスを計画しています。
 

幼少期~トップ営業マンまでの道のり

荒井正昭の営業実績

 

中学生のころは「司法書士になる」という夢を抱いていた荒井正昭氏。
その後、ユニハウスに就職し、トップ営業として10年間活躍し続けました。
 

不動産営業時代は約2000万円の年収を手にすることができたそうです。
 

しかし、それだけの年収を手にしていながら「いつまでも同じ場所にいても、自分も会社も成長できない」と思い、起業を決意したそう。
 

それだけの年収を捨ててまで一歩踏み出せるというのは、非常に勇気のいることですよね。

社員いわく、「住宅販売営業出身ということもあり、人を見る目に長けている」そう。
その観察眼とカリスマ性が、荒井正昭氏をこれほどの大企業の社長へと至らしめたのでしょう。

オープンハウスは創業後、14期連続で増収増益を達成。
都心・城南エリアを中心に、不動産仲介や戸建て・マンション分業事業を行っています。
「不動産業界で日本で一番になる」という目標達成のため、これからも荒井正昭氏の戦いは続いていくのでしょう。
 

荒井正昭の名言を集めてみた

荒井正昭の発言

 

「君は、君の想像以上の人間にだってなれる。人を感動させる側の人間に、なってみようよ。」
 

→これは、オープンハウスグループの採用情報ページに掲載されている「社長インタビュー」のタイトルです。
 

荒井正昭氏自体、「司法書士になって年収5000万円」というのが中学生時代の夢でした。
 

しかし、現在は株式会社オープンハウスの代表取締役として、年収5000万円はくだらない資産を稼いでいることでしょう。
 

荒井正昭氏自身も、まさか自分がこれほどまでの成功を収めるとは思っていなかったのかもしれません。
 

「自分は何をやってもダメだ」「大した学歴もないし……」と思っている人もいるでしょう。
しかし、誤解を恐れずに言えば、荒井正昭氏も高卒だったり、勉強のために上京するも遊びやアルバイトに忙しかったりと、決して子供のころから優等生だったわけではありませんでした。
 

だからこそ、「こんな自分でもここまでなれた。君だってできないはずがない」というメッセージを発信することができるのでしょう。

 

「自分が頑張れば、組織も成長する。そんな充実感を感じられる会社なら、自然と伸びていくと確信しています。」
 

→荒井正昭氏の人材育成の軸となっている言葉です。
 

荒井正昭氏自身が、歩合制の不動産会社の営業職として10年間勤めた経験があるからこそ、どのような会社にすれば社員がイキイキと働けるかが分かるのでしょう。
 

実際、荒井正昭氏自身、前職時代、自分とともに会社が成長しているという実感が持てたことがやりがいにつながっていたそう。
 

だからこそ、株式会社オープンハウスでは社員一人一人が目標を持ち、達成に向けて努力できる環境の構築に力を注いでいます。
 

フォーブス発表の資産額は?

荒井正昭の資産

 

荒井正昭氏は2019年版フォーブス世界長者番付にて、資産額10億ドルということで、2057位にランクイン。日本だけでなく、世界でもトップクラスの資産家であることが分かります。
 

ちなみに2019年のフォーブスの日本長者番付においては9億300万ドルで49位に初めてランクイン。2018年までは圏外だったので、今年大きな成長を遂げたのかもしれませんね。
 

ついでに2019年、日本人で10億ドル以上の資産を保有している人は32人。これは国別ランキングでは17位という結果でした。
 

オープンハウスはどのようにして成長してきたのか?

荒井正昭のオープンハウスについて
 
では、荒井正昭氏が一代で築き上げた株式会社オープンハウスとはどのような会社なのでしょうか。
 

株式会社オープンハウスは1996年11月に株式会社アプローズとして設立され、翌年9月に現在の株式会社オープンハウスに商号変更されました。
 

当初はセンチュリー21・ジャパンの加盟店の一つでした。起業から5年以内に加盟店全国1位を目指すも、わずか3年で達成。2012年には、センチュリー21・ジャパンとのフランチャイズ契約は解消しています。

2013年には東証一部上場。同年、本社を東京都千代田区丸の内に移転しました。
 

主な事業内容は、住居用・投資用不動産の仲介・販売、新築戸建て・マンションの開発など不動産に関するあらゆるサービスをトータルで提供しています。
 

年収700万円の世帯でも都内に一軒家を手ごろな価格(土地代込みで4000万円ほど)で購入できるのが一番の特徴です。

株式会社オープンハウスの強みが“製販一体”体制
 

“製販一体”体制とは、自社内で用地の仕入れ・仲介・戸建て・請負・販売などすべて手掛けていること。
これができる不動産会社は実はとても少ないのです。
 

また社員教育にも力を入れており、営業社員が一斉に集まる朝礼は圧巻!
“社員一人一人が経営者”という心構えで、目の前の課題に対し、どのように策を講じ、目標達成へと導くかを考えさせています。
 

そんな社員一人一人の努力が実を結んでおり、売上高は

  • 2012年9月期:623億円
  • 2013年9月期:969億円
  • 2014年9月期:1,121億円
  • 2015年9月期:1,793億円
  • 2016年9月期:2,472億円
  • 2017年9月期:3,046億円
  • 2018年9月期:3,907億円

7期連続で過去最高を更新中

現在は、「お客様のために何ができるのか」を一番に考える精神をもとに、売上高1兆円というはるかなる高みを目指して、日々前進しています!
 

まとめ

オープンハウスのイメージ

 

以上、株式会社オープンハウスの代表取締役である荒井正昭氏について調べてみました。
 

荒井正昭氏は「司法書士になる!」という夢を掲げつつも、結局その夢は資格取得すらできず、実現しませんでした……。
 

この事実だけ見ると「ダメなやつ」と思う人もいるかもしれません。
実際、荒井正昭氏自身も「24歳まで自分はダメダメだった」と話しています。

しかしそこから、司法書士資格を取得するための専門学校の入学金を貯めようと入社した歩合制の不動産会社で荒井正昭氏は才能を発揮します。
 

荒井正昭氏いわく、「自分とともに会社が成長していくなど、仕事は面白かった」そう。
 

年収2000万円を手中に収めるも、さらなる高みを目指して32歳のときに起業。
 

さらに2013年には東証一部上場など快進撃は続きます。
 

2012年以降7期連続で売上高は過去最高を達成し、そろそろ上場10年以内には達成したいと語っていた売上5000万円が目の前に迫っています。
 

そんな荒井正昭氏が経営するオープンハウスの動向に、今後もぜひ注目してみてくださいね。