このてのニュースって、ものすごく不快で、ほんとにうんざりする。


これを読んで悲しくなったり、こういう記事で困ったりする友達がいるから。



LGBTイコール2丁目の短絡さ


あゆ LGBT関連イベントで号泣…歌えず「ごめん」と涙ぬぐい“2丁目愛”を告白

2018.5.6(Sun)


→ タイトルだけでうんざりだ。

『LGBT イコール 2丁目』の短絡さ。

ほとんどのLGBTの人は、そこに行く事を望んでいないし、むしろ、その街が作ったイメージに苦められている。

そこでしか生きていけない人がいるのはわかるが、看板のように街の名を掲げるものじゃないし、掲げていいのは当事者だけな気もする。


少なくとも浜崎、落ち目のオマエが返り咲く為に、利用していいものじゃない。


歌手の浜崎あゆみ(39)が6日、東京・代々木公園で行われたLGBT関連イベント「東京レインボープライド2018」のスペシャルライブに出演。初のフリーライブで号泣しながら7曲を歌い、会場を揺らした。


→ イベントを開催したり、参加したりして、カミングアウトする事をよしとする風潮があるが、カミングアウトしたくない人、カミングアウトする必要がない人もいる事を、忘れないでほしい。


苦しくても『普通』を目指す事を、無理だの悪だの言われながら、それでも静かに『普通』に暮らしたい人達にとって、レインボーだのなんだのが、騒音やハードルになる場合もある。


重ねて言うが、これも、掲げていいのは、当事者だけな気がする。

理解するのがカッコイイみたいに、Facebookのアイコンをレインボーにする意識高い系は、いったいどこまで彼らを理解し、寄り添う準備があるのか。


 あゆは黒い衣装に金髪ポニーテール姿で登場。5曲目「how beautiful you are」を歌っている途中に瞳を濡らし、「ごめん」と謝りながら涙を拭った。

 浜崎は中盤のMCでは「あまりこういう機会もないので、こうして今回、お誘い頂けたことが光栄」とあいさつ。

「性」と「生」の多様性を祝福する人たちの祭典に集まった観客を前に、「20年前、自分が生きるのがつらくなりまして、どうしたらいいのかなとわからなくなったときに、初めて行ったのが2丁目で。それ以来、自分のホームのような気がしてしまって。喜怒哀楽全てを2丁目の仲間と共にすごしてきたからこそ、今の私がある」と思いを語り、拍手を浴びた。


→感極まっちゃったんだろうが、2丁目に行けるほど振り切れる人はごく一部だし、重ねて言うが、それを象徴のように言わないでほしい。


それしか知らないなら、それしか言えないなら、黙ってろと言いたい。

とにかく宣伝に使うなと…。


イベント主催者には、当然、当事者もいただろう。

失礼だが、浜崎を呼んだ主催者の感性と、このイベントのコンセプトには、疑問しかない。

(斜体部分の引用元 https://www.daily.co.jp/gossip/2018/05/06/0011230869.shtml)



私の知るLGBT


彼女は、男性として生まれた。

女性になりたいと思いながら成長し、違和感だらけの思春期を抜け、ずっと理解してくれていた、幼馴染の女性と結婚した。


子供ができれば、父親になれる。

男になれる。


そう思いながら結婚し、それを理解してくれた女性が、子供を産んでくれた。


でも、だめだった。

妻が授乳する姿を見て、それができない自分の身体を恥じ、恨み、号泣した。

何も悪い事をしていないのに、ただそのように生まれただけで。


子供は成長し、妻をママ、彼女をパパと呼んだ。


それも、だめだった。

ママと呼ばれたい。包み込む愛情はあるのに。その、準備もあるのに…。


離婚を切り出したのは、妻の方からだった。


ただ『普通に』育児をしているだけの私を見て、あなたが傷ついていく。

私が授乳している間、トイレで泣いていたのを知っている。

ママと呼ばれたいのに言えずに、パパの役をしてくれている事を知っている。

本当はスーツよりも、ワンピースを着たいのを知っている。


頑張ってくれてありがとう。

これからは、私のママ友になって。


彼女は答えた。


あなたも本当は、ワンピースを着たかったのを知っている。

私が傷つかないように、いつもジーンズとパーカーでいてくれた事を知っている。


わかってくれてありがとう。

あなたを愛しています。


ふたりは離婚し、彼女は、適合手術を受けた。

ママの親友として、『未婚で子供のいないママ友』として、我が子から「◯◯ちゃん」と呼ばれながら、週末は元妻の運転で、毎週遊びに出掛けている。


子供とふたりで後部座席に座って、父親と伝えるべきか、伝えるならそれはいつかと、ずっと悩みながら。


LGBTというワードが好きな人達に言わせれば、


身体が男性で心が女性な彼女は『M to F』で、女性の心で女性を愛しているから、レズビアン。

身体も心も女性でM to Fと結婚した元妻は、一見ノーマルだが、心が女性な彼女を愛しているので、こちらもレズビアン。


でも、そんな線引きや符号は、正直どうでもいい。


彼女達を見ていると、ただ幸せでいてほしい。

LGBTやレインボー、啓発運動やイベントを、否定するつもりはない。それが必要な人は、確かにいる。

ただ、触れずにそっとしておいてほしい人を傷つけるようなイベントにしてほしくない。


浜崎あゆみは、心から、マイノリティーな人達を思って泣いたのかもしれない。

でも、それが宣伝目的や偽善に見えるのは、そこで彼女が『2丁目』と口にしたからだ。

多くの当事者を苦めるイメージの街。

それを看板にしていいのは、2丁目に勤める覚悟をした当事者だけで、客のオマエが理解者を演じる為のツールではない。


そのイベントで、ステージに立つのなら、ただ、こう言ってほしかった。

「どうして欲しいか言って下さい。わからないけど、わかりたいから」