マリナーズの球団特別アドバイザーに就任することになったイチロー。
大谷翔平との日本人対決は叶わなかった。
残念だ。
残念だが、新たな可能性が生まれたのかもしれない。
メジャー初の日本人監督。
イチローなら、手が届くのではないか。
そう考えた時、つい最近のニュースを思い出した。
今年春、ミネソタツインズ傘下の球団『エリザベストン』の監督に就任した、三好貴士。
アメリカ独立リーグでは、16年に初の日本人優勝監督になっている。
そこから、最優秀監督賞に2年連続で選出されたキャリアの持ち主だ。
その三好がミネソタツインズで、監督やメインコーチ陣のサポート役となる4thコーチという役職に就いた。
三好は高校卒業後、アメリカの独立リーグでプレーしていたが、27歳の若さで引退。
一度は日本で英会話教室の仕事をしたものの、野球選手としてのけじめをつけるため、2009年、31歳の時に再び渡米し、アメリカ独立リーグのビクトリア・シールズの監督ダレル・エバンスに出会う。
普段ノートを取る姿や、質問する姿を見たダレル氏から、アシスタントコーチに誘われた三好は、インターンのような形で学ぶ機会を得た。
彼の指導者としての道は、そこから拓けていった。
「最初は学ぶのに必死で、とにかくコーチとして、プロ野球の指導者として何を知らなきゃいけないのか、目の前のことを覚えるのに一生懸命でした。
それが3年ぐらい経つと、投手交代のやりくりや、チームをどうまとめるかといった、コーチングに必要な知識もつき始め、ステップアップを意識するようになりました。
さらに、メジャーリーグの組織で働く友人から、メジャーがどんなところなのか、いろいろ話を聞いていたんです。
優秀な人材が集まるところですので、自分が中に入って彼らと切磋琢磨した時に、どれくらい成長できるのかなと思うようになりました」
(引用元 http://wpb.shueisha.co.jp/2018/03/10/100863/ 以下斜体部分も同様)
時には差別に苦しみ、住居の用意がなく選手のシェアハウスのリビングで寝たり、そこがうるさいとボイラールームに逃れたり。
監督が自分をコーチとして紹介してくれたのに、終わった瞬間に選手から、「おい、通訳」と呼ばれ、コーチ陣として認めてもらえなかったり。
「アメリカ人の仕事を日本人が奪ってるんだから、それを快く思わない人も当然いますよね」
そんな時代もあったが、実力を示せば評価がガラッと変わるのが、アメリカという所らしい。
「誰よりも早く球場に行き、誰よりも遅く帰り、選手が打ちたいと思ったらいつでもバッティングピッチャーとして対応できるようにしたりと、みんながおろそかにすることをとにかくやる。
そして、こちらから積極的に選手とコミュニケーションを取っていくことで、自然とチームから信頼してもらえるようになりました」
日本人だからこそできる、下積みの仕方。
だがそれでも、契約書の中には、三好をいつでもクビにできるという条項が入っている。
結果が伴わなければ、指導者も選手も即クビを切られるシビアさ。それもまた、アメリカのようだ。
「春季キャンプ期間中に自分でレンタカーを借りて、各球団のキャンプ地を回りました。
球場のチケットオフィスで履歴書を出して、断られるということを繰り返していました。
でも、そのおかげもあってマイナーリーグディレクター(球団全体を統括する責任者)の存在や、彼らとの連絡の取り方を教えてもらえたりする。
履歴書を渡す時期や、封筒もどういうものなら受け取ってもらえるか、どんな書き方ならアピールになるのかなど、読んでもらうための工夫もするようにしていました」
そんな、一見地味な就職活動が、ツインズとの契約に繋がっていく。
ツインズのマイナーリーグディレクターから電話連絡があり、電話面接と、『自分が指導者として、どういう影響を組織に与えられるのか』をテーマに記述するという課題が出された。
「自分は勝てる環境を作れます。
独立リーグで、常に選手が納得するような根拠を持ったコミュニケーションを心がけていました。
自分のチームには比較的経験の浅い選手が多かったので、自分が目線を下げて、こういう理由だよ、これが証拠で君を交代したとか、これが証拠でキミをベンチから外しているという話をしてきました。
その結果、チームの結束力が高まり、2016年に監督として独立リーグ優勝、17年にはシーズン最多勝の球団記録を打ち立てることができました」
と答えた。
加えて、映画『マネーボール』で知名度の上がった選手分析の手法「セイバーメトリクス」を、2015年から3年間導入していた実績もある。
この春、晴れてツインズ傘下のエリザベストンの監督に就任することができた。
三好は言う。
「日本人の指導者がメジャーに入って、まだやっていないことを全部やりたい。
バッティングコーチもピッチングコーチも、監督やメジャーのスタッフもそうです。
前例を作りたいんです。
日本では選手として実績がないのに指導力のみ買われてNPBで指導者をやることはあり得ないと思います。
けど、メジャーでは今やその可能性が出てきた。
もっと言えば、自分の頑張り次第で、日本では評価されなかった選手たちが指導者としてアメリカで活躍するという流れができるかもしれません。
もし自分が否定されたら、日本野球界が否定されることだと受け止めてますから。
日本人指導者って、この程度なんだって言わせたくないですね」
イチローが選手としての道を拓いたように、指導者には、指導者の道を拓く先人がいる。
三好が築いた土壌を、イチローは、どう活かしていくのか。
あるいはいつもの軽快さで、飛び越えていってしまうのか。
できることならイチローより先に、日本人初のメジャーの監督は、三好にやってほしい…。
メジャーの華やかさから遠い所で、ひたむきに努力をしていたのだから。
そんなことを思ってしまった。
