2014年8月26日
中日春秋
 夏の暑さも一段落で、ずいぶん過ごしやすくなってきた。蝉(せみ)の声は「ジージー」や「ミンミン」から「カナカナ」に変わった。高校野球は大阪桐蔭の優勝で閉幕した。三重の選手の涙に夏の終わりを感じた人もいたか
▼作家太宰治の感覚では、秋は「夏ト同時ニヤッテ来ル」のだそうだ(『ア、秋』)。夏の中に、「秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来(でき)ぬ」
▼子どもの夏休みも似ていて、実は新学期と「同時ニヤッテ来ル」のかもしれない。夏休みの初めには、ずっと遠い未来のことのように思えた夏休み「最後の日」がいつの間にか目の前に迫る。いつの時代も子どもは二学期が隠れていたことにあわてふためくものだ
▼変な事実もある。二学期はいつから始まるか。夏休みの終了の翌日という答えは不正解のようで、実は夏休み中の八月一日なのだという。やはり隠れていた
▼「どうでもいいよ」と宿題を前にオロオロしている子には叱られるか。ならば、嫌な仕事を片付ける「魔法」を一つ教えてあげよう
▼やりたくなくても、とにかく四十秒間、机に向かって宿題に手を付けてみる。不思議だが、四十秒がまんすれば、その後も続けられる。疲れたら、休んで、また四十秒。始めさえすれば、ゴールは「こっそり隠れてもはや来ている」ものかもしれない。