中日春秋
2014年6月1日
 陰暦六月の別名を水無月(みなづき)というのは、暑さで水が涸(か)れることに由来するという。現在の六月は梅雨の時季になるのでしっくりとこない。水はあるのに「水無月」
▼今年はちょっと様子がおかしいようだ。暑すぎる。三十一日、大分県日田市で猛暑日を記録した。気温の急変に体もついていけぬようで、気象庁は熱中症への注意を促す。もはや時候のあいさつになった「早めでこまめな水分補給」が繰り上がっている。こうなると本当の「水無月」だが、いいことではない
▼六月に一年の折り返しを思う人は少なくないか。受け止め方はそれぞれでもう半年という人もいれば、まだ半年という人もいる
▼水の例えでいえば「コップ半分の水」。「もう半分しかない」は悲観的で「まだ半分ある」は楽観的というが、どちらが良いとも悪いともいえぬ。水が涸れる不安、恐怖も分かる
▼コップの中に半分あるのが「平和」「安全」という水と考えてみる。涸れた時に戦になる。半分しかない。それに備えて集団的自衛権の行使容認を、と主張する人もいる。もちろん、それは間違っているよと宥(なだ)める人がいる
▼奇妙なのは政府に「安全」を注(つ)ぎ足す発想が全くないことだ。「早めでこまめな補給」ができるのは唯一政府だが、その政府が端(はな)から補給をあきらめている。ゴクゴクと飲んでいる。六月の別名は風待(かぜまち)月という。風が待たれる。