中日春秋
2014年5月29日
 東海道新幹線が開業してから五十年。七十八歳になった袴田巌(はかまだいわお)さんはおととい、初めて新幹線に乗ったという
▼死刑判決を見直す再審への扉が開かれ釈放されて二カ月。四十八年ぶりに帰った故郷・浜松での記者会見で新幹線に乗った印象を尋ねられると、こんなふうに答えた。「新しい時代の家屋ができ…神においても安心…富士山も少しは見えた…ばい菌の力が徐々に衰え…そういう過程で…」
▼姉の秀子さん(81)は言った。「まだ拘禁症状が抜けないこともありまして、とんでもないことを話しております。だけど、巌の現状を知っていただくことが大事だと思いまして、みなさまにお聞かせしています」
▼死刑判決が確定したのは一九八〇年。以来、執行の恐怖に心をさいなまれたのか、見る見るうちに精神障害が進んだという。脈絡のない言葉こそは、無罪を訴えつつ死刑と向き合う日々の残酷さを示す証人である
▼名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚(88)は死刑判決確定から四十二年、恐怖におびえながら冤罪(えんざい)だと訴えてきた。弁護団は有罪の根拠となった物証の矛盾点を明らかにしてきたが、名古屋高裁はきのう、八度目の再審請求を退けた。検察が持つはずの未提出の証拠も十分に調べぬままの決定だ
▼奥西死刑囚はいま人工呼吸器で命をつなぎ、声を出すこともできない。再審の扉はなぜかくも冷たく、重いのか。