中日春秋
2014年3月13日
 明治の偉大な思想家・中江兆民は、奇行の人であった。その珍妙な振る舞いは新聞雑誌をにぎわし、彼が没した一九〇一年(明治三十四年)の十二月には『中江兆民奇行談』なる本まで出たくらいだ
▼この書によると、彼の接客作法は型破りであった。来客に差し出すのはお茶でも座布団でもなく、枕が二つ。そして平然と「僕も寝転ぶから、君もそうしなさい。今日は別にごちそうするものもないから、これが君へのごちそうだ」
▼虚飾、虚礼をとことん嫌い、誰とでも分け隔てなく付き合おうとした兆民らしい接客術だが、どうもこれは単なるぐうたらな奇癖ではなさそうだ
▼評論家の多田道太郎さんの『しぐさの日本文化』(講談社)によれば、司馬遼太郎さんも小説「歳月」の中で、同じような言葉を西郷隆盛に言わせ、<薩摩では親密な客に対する待遇として、枕をあたえたがいに寝ころびながら話す風習があった>と書いている
▼多田さんが確かめたところ、司馬さんの母方の故郷である大和郡山にも、こういう風習があったというから、兆民の不作法は案外確かな作法だったのかもしれぬ
▼鯱 張(しゃちこば)って話せば、肩に力が入り、建前の応酬にもなりがちだが、寝っ転がれば、どうにも力が入らない。攻めには向かぬ姿勢だ。余計な力みが消え、ゆるりとした時も流れよう。いさかい多き世に広めたくなる不作法の作法だ。